第2章:FALLDOWN
〜2人は揃って、ため息をついた〜
蒼明学園。
兵庫県神戸市湾岸上に設立された、日本最大の学園都市。
朱凰財閥のバックアップの元、世界から優秀な少年少女たちが集うこの学園は、生徒主体の教育方針で有名である。21世紀を迎えた現在、子供たちに合わせた教育を目指す学校は多かったが、実現は難しいようだ。
しかし、蒼明学園では生徒が学園そのものを運営しており、彼らの自主性を育てるという点で成功しているとの評判が高い。
もっとも、すべての生徒がそれに異議を唱えないかというと、そうでもない。
清美委員長・天草龍之介もその1人である。

「いくらなんでも、横暴ってもんだよ」
「俺にだって自由を満喫する権利ってものがあるだろ?それを邪魔することはないだろうに」

「障害」は沈黙したまま、ただその身を震わせている。
龍之介は続けた。

「だいたい生徒会メンバーだからって、平和な日常を放棄しなきゃいけないわけじゃない。だよな?」
「そーよ、そーよ!」
「龍之介くんは悪くないわ!」

彼の左右に群がる少女たちが、「障害」へ容赦ない非難の言葉をぶつける。その騒がしさは龍之介ですら内心呆れてしまうほどだ。
しかし、「障害」はその程度で怯んだりはしなかった。
怯むどころか。

「君たちは黙っていてもらおう!」

怒りを爆発させたのだ。

「天草っ!貴様という奴は、生徒会の通常業務もまともにこなせんのか!!」
「俺、好きで生徒会に入ったわけじゃないし。それに青春は、女の子たちと遊ぶためにあるのさ――こんな風に」

龍之介が少女たちの肩に手を回す。無論、両方の手で。
しかも……かなりきわどい。あと数cm手を伸ばせば、その瞬間にこの話が打ち切られてしまうくらい――失礼。

とにかく。
そんな場面を見せられて、障害――風紀委員長・鬼堂信吾が平静を保てるはずがない。
怒り(と純情さ)で顔を真っ赤にして、彼は叫んだ。

「貴様ぁ!役員としての誇りすら失い、獣同然の身となったか!」
「何言ってんのよ!」
「龍之介くんはあんたと違って紳士なんだからぁ」
「ぐ……」

少女たちの反撃をくらい、信吾は戸惑った。辣腕で知られる彼も女性には勝てない。まあ、男が女に弱いのは世の常だけれど。
信吾の場合はさらに深刻だ。日本男児として恥ずかしくない生き方をしてきた彼は、考え方も当然のように古い。
古生代からやってきたんだろうと言ったのは龍之介だが、さすがにそれは言い過ぎである。
せめて大和朝廷が成立した辺りから、くらいにすべきだろう。

それはともかく。
信吾から見れば現代の少女は異国の娘か妖怪か、はたまたエイリアンか――多少大袈裟にしろ、そんな存在なのだ。

――ああ、どこへ行ってしまったのだ……大和撫子は。

そんな想いもどこへやら、目の前の少女たちは彼に敵意を集中させている。

うけけけっ。

信吾は確かに聞いた。龍之介の、悪魔のように邪悪な――。

「……とにかく」

あ、話を変えたな、龍之介。

「通常業務は各自分担なんだから、鬼堂に迷惑は掛けてないだろう?」
「大いにある!」

信吾は手にした木刀を振り、一喝した。たったそれだけで、小鳥のように騒がしかった周囲が静まり返る。
龍之介の口笛が、小さく響いた。

「各自の仕事が密接に繋がっていることくらい、貴様も分かっているだろう! しかも今回は新設される生活委員会についての処理だ。怠けていては、致命的なことになりかねんのだぞ!!」
「……うるせえ」

おや?

「なっ! うるさいだと! 天草、どうやら今日は徹底的に――」
「うるせえよ」

おやおや?

と思ったのは、野次馬たちだけではなかった。
龍之介も、驚いていた。

「天草! 貴っ様ぁ〜!!!!」

気づいていないのは信吾だけである。怒りで目の前が見えていないらしい。

「うるせえうるせえうるせえうるせえうるせえ〜!!」
「か、香奈……」

龍之介の左手に抱かれた、おとなしそうな女の子が怯えた声で言う。
龍之介の右手から離れた、すさまじい目つきをした女の子に向かって。

「どうしたのよ、香奈!」
「うるさいっ!!」

すさまじい変わりぶりだった。女は化けると言うが、変わるなら美しくあって欲しい。龍之介はそう思うのだが、彼女――三宅香奈(15)高等部1年A組・清美委員会所属・料理部員――は、うなり声まで上げている。
いくらなんでも異常過ぎると、野次馬たちも直感的に危険を感じたらしい。じりじりと離れていく。
例外は、龍之介と信吾。2人だけは彼女の変貌ぶりに頓着していない。

「見ろ! 貴様に弄ばれた哀れな少女が苦しんでいるではないか!」
「鬼堂が大声でうるさいからじゃないの?」
「何だと!」

自分たちが危機的状況にいることを、少しは把握して欲しいものである。

「うるさい!」

香奈が更にわめく。いや、それだけではない。いきなり信吾へ向かって飛び掛かったのだ。あまりに唐突な動きだった。

「何っ!」

不意をつかれた信吾の口から驚愕の叫びが洩れる。しかし、彼も伊達に木刀を振り回しているわけではない。
体をひねりながら、木刀を彼女の脇腹に向けて――。

「鬼堂、辞めろ――じゃなくて、止めろ!」
「くっ」

龍之介の制止にかすかな疑問を感じながら、彼は寸前で刀を止める。だがそのせいで体勢が大きく崩れ、信吾は転倒した。

「おのれっ」

自分を叱咤するように声を張り上げた瞬間、左腕に痛みが走った。制服が見事に裂け、血が滲んでいる。

「大丈夫か、鬼堂」
「余計な心配は不要だ。この程度の傷、どうということはない」
「そう言うと思った」

半ば呆れつつも、その頼もしさに龍之介は安堵した。信吾がどうにもならない相手では、自分がかなうわけがないからだ。

「彼女は武道をたしなんでいたのか?」
「んなわけないだろ?いい意味でも悪い意味でも、香奈ちゃんは今時の女の子さ」
「だろうな。あの動きは野生の獣に似ている」

まさか、と言おうとして龍之介は言葉を丸ごと飲み込んだ。こちらへ振り向いた香奈の表情は、まさに獣だったのだ。血のついた右手を舐め、満足するように笑っている。

「おいおい……どうなってるんだ?」
「だから言っているだろう。乱れた付き合いをしているから精神が荒廃し、病んだ心が暴走を始めるのだ」
「その説教は耳タコだよ。それに香奈ちゃんのは、俺のせいなわけない」
「どういう意味だ?」

怪訝な顔をした信吾に、龍之介も真面目に答える。

「……彼氏がいるんだよ、香奈ちゃんには」

ぶちっ。

ゴロゴロ……ゴロゴロロ……。

「あれ、雷か?今日はずっと晴れだと思ってたけど、やっぱり女の子の気持ちと天気はままならないものさ。なあ、鬼堂?」

その瞬間。

雷は落ちたのである。

誰に?

決まっている。悪い子に、だ。

「この愚か者――!!!!!!!!」
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