- 山出し編:2日目 その5 -
《やっぱり坂へ……》

春宮裏手を歩いていると、放送が入りました。

「御柱祭実行委員会から連絡です。
 ただいま、秋宮一の御柱が木落とし坂の上に到着しました。」

な、なに!?
まだ、落ちてないのか!?
こ、これは、きっと、見に行け、ってことじゃない?

でも。
あの大混雑を考えると、今から木落とし坂へ向かったところで、観覧席に降りれないだろう。

そうだ、さっきのテレビ見に行ったらいいんじゃない?
もし、行けそうなら落合の交差点から上に上がってみればいいし。

すでに、木落としの予定時間から、3時間ほど遅れています。
というわけで、高速歩行で坂へ向かって歩きます。脇目も振らず……

テレビのところに到着して、ガードレールにもたれながら、電柱に画面が隠されない場所をげっと♪

「今、秋一の木遣りが……」

おぉっ、さっきはちっちゃくてよく見えなかったけど、柱に乗って何人かで木遣りを歌い次いでいくんだ。

「華乗りは、下諏訪町の町長……」

華乗り(柱の先頭に乗ること)、町長かいっ!

「みんな、行くぞ!!」
「うぉぉーーっ!」

地響きのような歓声がテレビを通して聞こえます。
もちろん、坂の方から生で歓声が聞こえます。
リアルなサラウンドシステム(笑)

予想通り、落合の交差点で通行が止められたようで、テレビの前に人が集まってきました。

秋一。
秋宮一の御柱。

これは、下社で一番太い柱です。
だから、この柱には、諏訪の人の思いも入っているのかもしれません。

木落としは、柱を坂の上に出し、後ろにつけたひもを切り離すと自分の重みで坂を滑り落ちていく、という仕組みです。

そろそろ、落ちる頃。
斧役の人がクローズアップされます。

「行けっ!」

斧を振りおろし……あれ、1回で切れず、何度も振りおろします。

うっ。大丈夫かな……。

案の定、柱は途中で止まってしまいました。

「ひけっ!!」
「早くひけっ!!」

見ている人たちから思わず声が挙がります。

「早くっ!!」

元綱の係りの人たちが綱を引っ張って引き下ろします。
何とか、下まで落ちきって無事に木遣りが歌われました。

《秋一とご対面》

その途端…。

人・人・人、人っっっ!!
いったい、どっからこんなに出てきたんだぁ!?

そんな人たちに構ってられません。
流れに逆行して、落合の交差点に向かいます。

この角に、フェンスで仕切られたところがあって。
少し小高くなっているので、そこから秋一を見るつもりなんです!

私の横におじちゃんが一人。
同じようなことを考えて、柱が通るのを見ようと立ってました。

ほどなく、雨が。
さくっとフードをかぶります。

その時、目の前を先頭の旗衆が通りました。
各町の町名を書いた大きな旗。

これが通り過ぎると30分〜1時間で柱が通ります。

見えるのは、綱を引く人たち。
まだまだ、柱ははるかかなたです。

雨が強くなってきました。
頭にスポーツタオルをかぶり、パーカーのフードをかぶることにしました。

すると……

「こっちに来て傘に入りなさい」
「ありがとうございます!!」

あったかい声をかけていただいて、ずいぶん楽になりました。
おじちゃん、ありがとう!!

「この声、すごい耳に残るね」

木遣りの声です。
そうそう、私もそう思ったんだ。初めて来たとき。

「ずいぶん長いですよね、これ。」
「100mじゃ、きかんだろ。」

柱を引くために、ひきづながついてます。
それが100mほど。

柱が交差点を曲がるためには、曲がり角の外側を通す必要があります。
そのために、曲がり角を綱が通る時には、曲がる方向と反対側に綱を押します。
綱係の人が重心を低くして、綱が地面をはうように押さえて小走りに進みます。

「あかんって、止めろ!!」

綱係の人が地元の消防団の方に伝えます。
消防のはっぴを着た方がほとんど体で歩行者を止めました。

木遣りが聞こえた後に、その横を引き手がダッシュで通り抜けます。
もちろん、ガードレールに綱を押し付けて、交差点の外側を柱が通るようにして。
こりゃ、止めるわ、絶対に。危ないもん。

通行人が歩くのは、交差点の内側。
綱を外側に押してる人たちの視界には通行人はほとんど見えません。
ぶつかる可能性が高すぎる。

人力ですから、一気には進みません。
先頭の旗衆が通り過ぎてから、ずいぶん引き綱が通りましたが、まだ、御柱は見えません。

柱の方から、「もっと寄せろ!」という声が聞こえます。

こちらの方では、ガードレールに人がくっつくくらいぴったりしながらひいてるのですが、柱はあまり寄ってないようです。

でも、声が聞こえたってことは、もうすぐ、秋一がココを通ります。
もうすぐです!!
あっ、きたっ!!

一気に、一気に落合の交差点を柱が駆け抜けます。

でかっ!!

やはり、コイツはでっかいっ!
そりゃ、何をするにも時間がかかるわ……

ものすごいスピードで通り抜けていきます。
わずか数秒。

さて。おじちゃんにお礼を言って帰ろうとしたら、

「ビニール袋、あげようか」
「え?」
「こんなのしかないけれど、破いたらちょっとはしのげるから。」
「ありがとうございます!」

頭から袋をかぶって、早足で坂を下ります。
雨はだんだん強くなるし、何と言っても、ここは長野。
まだ4月。寒い、寒い。

秋一、きっと里びきでじっくり会いに来るからね。

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