ほどなく、春一とすれ違い、しばらくすると、春二。
さらに、注連掛が近くなると、一際大きな声が聞こえた。
「ヨイサ!! ヨイサ!!」
春三だ。
一気に100mは引いただろう。
すれ違ったかと思うと、止まることなく、あっという間に通り過ぎた。
「今回のはいいなぁ!」
沿道で「ヨイサ!!」と声をかけながら見ていた地元のおじいちゃん。
同じく地元の方(と思われる)人と話をしていた。
確かに、声がまとまっていた。
だから、動くんだが。
面白いもので、みんなの力が1つにならないとこれは成し遂げられない。
ぴくりとも動かない。
動いたとしても、ほどなく止まってしまう。
逆に、1つになった時は、そんなに強い力を入れなくても進んでいく。
みんなの力が集まると、大きな大きな力になるんだなと心から思う。
氏子さんたちでごったがえす、曳行路を足早に通り抜け、注連掛へ。
「ほんとは秋一が落ちる時間かと思ってきたんだけど…」
実際には、春四の木落とし、坂上での木遣り歌が始まったところだった。
少し遠めで立ったまま見学。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
氏子さんたちの叫びが辺りに響く。
スピードと気迫が坂の下に迫る。
どんっっっっっ!!
実際には音なんてしてない。
でも、そんな音がしたような気がする。
心に音が響く。
坂の下に無事到着。
木落とし坂の場合なら、木遣りを1つ歌って無事を祝うのだが、ミニのせいか、時間が押しているせいか、そのまま勢いをつけて曳行していく。
それにあわせるように、氏子さんたちが入れ替わり、周囲がごった返してきた。
これは、神事。氏子さんと御柱が最優先。
私たちは、曳行路の反対側へと場所を変え、規制線のすぐ外側に。
少し疲れていたこともあり、座ることにした。
次は、秋一。
今年の秋一は、一際大きく、太い。
まっすぐに坂を落とすように位置決めしながら少しずつ坂の前にせり出す。
「見えないもんで、座ってくれる?」
規制線の中にいる関係者の方に、前に座っていた奥様が声をかけた。
それでも、なかなか座ってくれない。
奥様は振り返って私たちにつぶやいた。
「見える?」
私たちは揃って首を横に振った。
「ねぇ……せっかくなのに」
「おぉぉぉぉ。」
かすかに周囲がどよめいた。
よく分からないが、柱が坂の上にせり出してきたようだ。
すると、法被姿のおじさんたちがかがんでくれた。
目の前に現れたのは、
秋一だ。今までの柱より、明らかに太い。
この先頭だけで十分なインパクト。
木遣りがはじまり、しばらくすると、拡声器から指示が。
「みなさん、前の柱との間隔が300mほどあいていると連絡がきています。今回、無事落とし終わりましたら、そのまま150mくらい曳いて行きたいと思いますのでご協力お願いいたします。」
観客からは拍手が起こった。
前と間があいているだけでなく、この時点で1時間以上遅れているのだ。
まだ、秋宮の柱は1つも落ちていない。
このままでは、注連掛での木落としが夕方になってしまい、危険すぎる。
前の柱が進まないと、次の柱の準備ができないため、どんどん遅れてしまうのだ。
もちろん、遅れている以上、先に進まなければ挽回することもできない。
150mほど進んでくれれば、次の柱の準備ができる。
だからこその心意気だ。
150m引いていこうという、その心。
その心への拍手。
「1m前に出します」
ぐっ、ぐっ、と前にせり出してくる柱。
直径1.5mの柱が目の前に少しずつ少しずつ姿を現す。
「ここは木落とし、お願いだー」
「おぉぉぉぉぉぉーっ」
氏子の声がこだまする。
「ヨイサ、ヨイサ、ヨイサ!!」
柱が傾き、坂をまっすぐに落ちていく。
猛スピードで滑り落ち、あっというまに先頭は見えなくなる。
それでも、まだ丸太は続いてすべっていく。
どこまで続く?
まだまだ、続く。
スピードが落ちて、止まっても。
やっと、丸太の最後部が丘を降りたあたりだった。
すぐに曳行をはじめようとするが、一度止まった柱はなかなか動かない。
梃子衆(御柱をひく時に梃子で御柱を振ることで助走代わりにする人たち)が少しいらだっていた。
曳き手の心が揃わないと全く動かない御柱。
そこで、曳き手たちの心を揃える木遣りが重要なのだが……。
曳き手の持つ綱は200mほどあるため、木遣りは分かれ、呼応する。
そこに氏子のかけ声がそろい、皆の気持ちが一つになる。
だから、柱が動く。
そういう仕組みだ。
だが。
柱の近くで木遣りが始まっても、綱の先からは、木遣りが聞こえない。
明らかに、木遣りが同期していない。
「……こりゃぁ、今回進まんな。こっちで鳴いても、向こうじゃぼーっとしてる。それで、かけ声がかかってからひっぱりよる」
法被を着たおじいちゃんは語る。
「木遣り!! 何かたまっとんだ!! 分かれろ!!」
柱の上から怒気を含んだ声が飛ぶ。
呼応するように木遣りが始まるが、それでも心は1つにならず、思うように進まない。
柱近くの木遣りメンバーが足早に綱の先へと進んでいく。
木遣りが始まり、呼応するようになきはじめた。
「おぉぉぉぉぉぉぉ〜」
木遣りに合いの手として入る、曳き手の声。
周囲の山々にこだまし、つま先から体の中に入っていく。
「ヨイサ!!」
今まで通り過ぎたどれよりも大きくて太い。
心配された最後尾もガードレールにぶつかることなく、ゆるやかなカーブを曲がっていった。
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