終章 死を運ぶ一閃

「――陰陽師・阿部那月は初島にて消滅。紫苑寺舞花は紅葉の支配から脱し、ネットに復帰――ただし、これにより紅葉の完全復活が予想される。」

俺、瀬川圭二郎はそこでペンを止め、椅子に身を預けた。古ぼけたそれ――買ったのは、確か……ま、いいか――は軋んで嫌な音を立てる。

結局、この事件は<がしゃどくろ>の望んだ筋書き通りになったようだ。

奴に逆らい暴走を始めた那月を俺たちに始末させ、麗子の心に痛手を負わせた。紅葉は舞花という「器」から離れただけかもしれない……何しろ無玄には死者を甦らせる力がある。

俺たちの有利になった点は、風斗と由美が<剣>と<贄>という力に目覚めたことくらいだ。<龍>さえも鎮めるあの力は、かなり役に立つ。もっとも、無玄がそれすらも計算に入れている可能性は高いが。

事件後<飯綱>の綱守薫は戸隠へ帰っていった。主の九頭竜に今回の件を伝えなくてはならないらしい。

「また、気が向いたら、遊びにくるよ。」

などと呑気に言っていたが、麗子をして、

「塩をまいておかなくちゃ。」

と言わせたのだから、戸隠への応援は頼めそうもない。

同じ戸隠から来た<鬼児>の護刀経若とその従者の<降魔の剣>護刀さやかは大社堂に滞在している。<鬼娘>の夜魅さんがあれ以来姿を現さないため、帰ろうにも帰れないようだ。

麗子はふだんと変わらない――ように見える。だが、本体の樹の元へ行くことが多くなった。かといって、何をするわけでもない……昔のように眠りに入るのかと少々不安だったが、膨大な記憶をまとめるので必死らしい。

舞花は自宅で療養中だ。彩雲さんと甲斐の二人に言われては、しばらく動けないだろう。それに過去のことをゆっくり考えられる時間が彼女には必要だ。そのうち、詳しい話をしなければならないだろう。

野牟田は――これが驚いたことに地浦純を自分が世話すると言い出した。血の封印を施すまで一緒にいたのだから、二人が親密な関係になっても……だが、マイペースの固まりのような野牟田が惚れるとは……。

クロは拓矢を助け出せたのがよほど嬉しかったらしく、散歩を何度もせがんでいるという。確かに喜ぶべきことだが、人間と深く付き合うことの危険性も露見した。しかし、今のクロにそんなことを伝えたくはない。

茜は自宅に籠もり続けている。あの上総陵が妖怪――正確に言えば、その一部――になったとは信じられないが、無玄の好みそうな手口であるのは間違いない。彼女のことだ、決心はついているはずだが……。

風斗は相変わらず由美に振り回されている。あいつはやたらに悩む癖があるから、これはこれでいいのかもしれない……ただ由美が巫女の力に興味を持ったのは困りものだ。風斗にまで妙な影響を与えなければいいが。

――そして、気になることがもう一つ。無玄の側近役のあの少年だ。まさかあいつが俺の探していた奴なのだろうか……? いや、判断材料が少なすぎる。

ピンポーン。

唐突に事務所のチャイムが鳴った。物思いに耽っていた時だけに、腹が立つ。

「……へいへい。」

投げやりな返事をしつつ、俺は玄関に向かった。うまくすればこれで帰るかもしれない。
だが、ドアを開けた瞬間。
自分の身体が硬直したのが分かった。ここに来るとは思えない奴が現れたから。
ドアの向こうにいる冷気の源は、いつもの通りの無表情で言った。

「怖がることはない、瀬川圭二郎。」
「俺が心底怖いと思うのは、キレた麗子だけだね――入れよ。」

俺は奴を応接間――さっきまでいた部屋だが――に通すと、悟られぬように臨戦態勢を整えた。こいつは<がしゃどくろ>とは別の意味で危険なのだ。

氷高蒼流――冬への恐怖が具現した妖怪<氷神>が、奴の正体。先代<大社堂>メンバーの一人だが、意見の食い違いからネットを脱退、つい最近まで姿を消していた……。
そう、氷高を危険視するのはその目的が見えないせいだ。俺たちに協力的だからと言って、信用はできない。

「……正しい判断だな。」
「どういう意味だ。」

氷高がにやりと笑う。……奴が、笑った?

「こういう意味さ――」

瞬間、俺はその場を飛び退いた。鼻先を氷の固まりが行き過ぎ、床に穴を開ける。
……なるほど、油断して座っていようものなら確実に殺されていた。

「弁償してもらうぜ……氷高。」
「その必要は、ない。」

冷たい瞳に狂気の光を孕ませ、氷高は嘲笑と共に言い放つ。

「瀬川圭二郎――死ね。」

第4話 了 第5話に続く

←prev 目次に戻る next→

© 1997 Member of Taisyado.