9. 別れを告げて……
<今度は……この子たちまで私から引き離すつもり?>

「お前さんのやっていることは、余計なお節介なんだ」

麗子から少し離れた場所に、瀬川が立っていた。ちょうど三角形を描くような位置だ。

「今のお前じゃ、かえって人を傷つけるだけさ」

眠そうな目を風斗に向けた後、わざとらしいため息をつく。

「……終わったら、みっちり絞ってやる」
「とにかく、風斗を返しなさいよ!」

瀬川の後ろから進み出た由美が、詩織を指さした。

「ついでに、詩織も!」
「……下がってろ」

いきり立つ彼女を押しやり、瀬川は軽く両足を広げる。

「結界は張ってある……少々手荒にやらせてもらうぞ」

<嫌よ。この子たちは私を愛しているの。だから、私も愛しているの>

「あなたを生んだ想いは強すぎる愛情と悲しみ、そして現実を直視しない心の弱さ……それを責めることはできないわ」

麗子が目を伏せる。

その時、彼女の背後で走り寄る音が響いた。
葉沢克彦だ。

「詩織!目を覚ましてくれ!母さんは……死んでしまったんだ……」

しかし詩織は何の感情も浮かばない顔を彼に見せただけだった。
その場で膝をつきかけた克彦の肩を、麗子が支える。

「しっかりして。あなたも戦わなくてはいけないの。娘さんと一緒に」
「は、はい……」

詩織は周囲に立つ四人を一瞥し、かすかに苛立ちを覗かせた。そして彼女を守るように風斗が進み出る。
瀬川は軽く舌打ちする。殴り合いは好きではないから、適当に脅した後は麗子たちに任せたのだが……。

「やる気なんだな、偽物さんは」

<私は葉沢美津子だもの。私は壬生幸穂だもの。この子たちは渡さない>

「仕方ないわね……私たちにできるのは、あなたを今度は正しく生まれてくるようにすることだけ」

彼女の悲しみに満ちた言葉と同時に、戦いは始まった。


「はーっ!」

気合いが一閃し、風斗の周りで風が渦巻いた。それは彼を隠し、再び現れた時にはその姿を変化させていた。

背に翼を生やし、手には羽団扇を持った山伏装束。顔が元のままという点を除けば、人間が想像した存在と同じだ。
天狗。風斗に流れる、もう一つの血だ。
無言のまま振り下ろされた団扇から風の固まりが撃ちだされる。
颶風という、彼の唯一の攻撃手段だ。

風は瀬川を狙っていた。だが、彼は一歩も動こうとしない。

「瀬川さん!?」

その場から逃げようとした由美の腕を、彼はしっかり捕まえた。

「冗談やめてよ!」
「動くな!」

瀬川の一喝が、由美の身体を縛り付ける。
刹那、風が軌道を変えた。

「!」

二人の眼前を通り過ぎ、湖面が爆発した。飛んできた飛沫をかわしながら、由美は呆然としていた。

――まさか、正気に戻ってるの?

「おい――」

嘲笑を浮かべた瀬川が目を細める。

「操られた奴は、文字通り人形同然なんだ……そんなふぬけた風斗の力じゃ、まぐれ当たりも起きないぜ」

言葉の前半で気落ちした由美だったが、後半の部分からにじみ出る凄みに半歩退いた。

怒っているのだ。

「いい加減にしろよ……!」

瀬川が跳躍した。空中で一回転すると、服は破れ、あるいは脱げ落ちる。
着地した時、そこにいたのは二本足で立つ褐色の毛並みの獣だった。
かわうそ。本来の川獺より巨大で、やや擬人化された風貌だ。
そのまま風斗に向かって身体ごとぶつかっていく。今の風斗に機敏な動きはできず、あっけなく倒れ込んだ。

「いつまで幻の世界にいるつもりだ! そんなに幸穂に甘えていたいのか! 風斗!」

噛みつくように、瀬川は吠えた。
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