湖畔公園。
諏訪市と下諏訪町の境から、南岸のヨットハーバーまでがそう呼ばれている。特にホテルや美術館、温泉植物園と面した東岸は数年前に大幅な整備がされ、屋外ステージやレンガ色のジョギング用道路が造られた。
風斗と詩織のいる場所は、かつて滑り台やジャングルジムが置かれていた場所だった。しかし公園の整備に伴い、それらは撤去されてしまっていた。
物悲しい風景だった。生えるがままに育った雑草が、濁った緑色の諏訪湖から吹く風に揺られている。
「……変わっちゃったな。すっかり……」
「うん……」
二人の声はどこか虚ろで、言葉から感じられるほどの悲しさはなかった。
<でも、私がいるわ>
詩織には美津子の、風斗には幸穂の声が語りかけてきた。
<私はあなたの心の鏡>
<私はあなたの愛の輝き>
<さあ、私を愛して……>
<あなたが愛してくれるから>
<だから、私は葉沢美津子よ>
<だから、私は壬生幸穂よ>
甘い囁きが二人の心を満たす。
その中で、風斗はもどかしさを感じていた。
何かが、何かが違う。
しかし何が違うのか、なぜもどかしいのか分からない。
母さんが帰ってきて嬉しいはずなのに……。
――悩み事は一人で抱え込まないこと。
由美はそう言っていた。
――風斗くんは、優しすぎるわ。
麗子はそう言っていた。
……分からない。俺は母さんに会って、何かをしたかった。あの時できなかったことを。
「……母さん、俺……」
<いいのよ、風斗>
<私はもういなくなったりしない>
<だから、もっと愛して……>
「違うんだ……!」
<淋しいのでしょう?>
<もう失いたくないのでしょう?>
<それなら、私を愛して……>
「――そこまでよ、『空似』」
凛とした声が一陣の風にながされ、詩織を振り向かせた。
真樹麗子。普段感じられない冷たさをまとい、彼女はそこにいた。
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