「――ねえ、風斗たちのいる所、分かって進んでるの?」

由美がそう尋ねたのは、高校の駐車場を出た後のことだった。

「……分かってるよ、ね?」
「分からない」

小さいがはっきりとした呟きに、由美と克彦は絶句した。

「ちょ、ちょっと瀬川さん!?」

一人表情を変えなかった麗子の瞳が、瀬川に向けられる。

「――何か方法があるのね」
「疑問形じゃないって事は、お前も気づいていたか……その通りだよ」
「もうっ。二人だけで会話しないでよ!」
「今から説明する」

彼の真剣な声に、由美は仕方なく黙った。眠そうな目がバックミラー越しに二人の人間を捉え、わずかに細められる。

「奴は……葉沢詩織も、風斗のことも愛している。完全に二人の母親としてな」
「偽物じゃない!」
「ああ、偽物だ……だが、嘘じゃない。奴は相手の愛があればあるほど、同じだけの愛情を相手に注ぐんだ」
「それは間違いないと思います」

やや青ざめた顔の克彦が答える。

「私もそうでしたから」
「で、ここで問題なるのは、なんで風斗を乗っ取ったのかって事さ」
「チャンスだったから?」

瀬川は少し考えた様子で、

「……まあ、それもあるかもな。前から目をつけていたのは間違いなさそうだし」

そういうと麗子に、頼むと呟いた。
彼女は頷くと後ろの二人に顔を向ける。

「由美ちゃん。さっきも説明したけど、私たちは克彦さんを元通りにしたわ。けれど、そのせいであの子は力を失ってしまった」
「あの子?」

きょとんとした由美がミラーに映り、瀬川は苦笑した。

「その妖怪のことさ……まあ、麗子からすれば赤ん坊みたいなものだからな」
「あ、そっか」

彼の苦笑のもう一つの理由に気づいて、由美も含み笑いを洩らした。「あの子」という呼び方が、いかにも麗子らしかったのだ。

「瀬川くん」
「すまん。話を続けてくれ」

話の腰を折られたこと自体、麗子は気にしていないようだった。むしろ、気にしたのは年齢の話をされたからかもしれない。

「つまりね、風斗くんは力を回復させるために操られてしまったの」
「……相変わらず運が悪いわねー」
「瀬川くんが言った通り、風斗くんが選ばれたのは偶然ではないと思うけど」

そう言いつつ、麗子も少し苦笑している。

「たぶん、あの子はもっと二人の愛情を高めようとするでしょうね」
「もう一つ考えられない?手当たり次第に乗っ取って力を貯える、とか」

何度か妖怪絡みの事件に首を突っ込んでいるので、由美の推理もあながち大外れとは言えないものだった。

「ありうるな。だが、あの手の術は慣れていないと数人も操れないんだ」

瀬川の口調は自然と滑らかなになっている。私立探偵という職業柄か、彼は謎解きの類を好む傾向があるようだ。

「それによく言うだろう? 量より質って」
「なるほど♪」
「あの……それで詩織はどこに?」

克彦には隣に座る少女ほどの余裕はなかった。ひどく落ち着かない様子で。額の汗をしきりに拭っている。

「お願いします!早く詩織を……!」
「そこで、話は戻るわけだ」

信号は赤に変わり。車は急停止した。

「奴は力を回復したい。もっと強い愛情で。しかし、これ以上は数を増やせない……」
「あの子の取る方法はただ一つ――自分をもっと愛してもらうこと。もっと想いを強くさせること」
「お、思い出の場所……!」

克彦は身を乗り出して叫んだ。

「あの妖怪が言ってました……自分をもっと愛してくれるから行こう、と」
「そういうことさ」

瀬川の口元に皮肉めいた笑みが浮かんだ。

強迫行動と呼ばれるものがある。
想いから生まれる妖怪たちは、人を襲ったり脅かしたりする時に、あるパターンに沿って行動しなければいけないという衝動が働くのだ。
古くはのっぺらぼう、最近では口裂け女などがいい例である。彼らは人間が想像した通りの行動を繰り返してしまう。これは生まれたばかりの、自我ができていない妖怪に多く見受けられるものだ。

「風斗たちは母親を失いたくないと思っている、奴はそれに従ったんだ……」
「おかしくない、それ?だって、力を回復しようとしているのは、そいつの意志なんでしょ?」

首を傾げる由美に、麗子は哀しげに微笑んでみせる。

「由美ちゃん。お母さんが怪我をしていたら。どうするかしら?」
「決まってるでしょ。すぐ手当を――」

そこで納得したように頷いた。

「つまり、風斗たちの想いがそのまま妖怪たちの行動基準となってるわけね」
「正解だ」
「じゃあ……じゃあ、詩織は……」

瀬川がバックミラーの位置をずらし、後部座席の二人へ鋭い視線を向ける。

「俺たちはあの妖怪を倒す。だが、二人を助けるのは克彦さんと由美ちゃんの役目だ」
「私が、助ける……」

克彦にわずかだが落ち着きが戻る。

「助けられるんですね?」
「ああ。ただし二人の思い出の場所を知っているのは、あんたたちだけだ。それが分からなければ……俺と麗子だけで行く」

その時は力押しだな、と呟く。聞き込みと自身の感知能力を使えば、風斗たちの居場所を探すのは難しくない。
しかし、時間がかかる。詩織に取り憑く妖怪の次の行動が分からない以上、ここで確実に捕まえる必要があるのだ。

「――試しているようで、気が進まんが」
「それでも、必要なことだわ」

苦い口調の彼を安心させるように、麗子が微笑みを向ける。

「絆を確かめるのは怖いけれど、確かめなければ、それは幻にすぎないのよ」
「勝手なこと、言ってくれちゃって……」

由美は頬を膨らませながら、必死で記憶の糸を辿った。

――え〜っと……あの時、遊びに行ったのは……うぅ、思い出せないよぉ。風斗、恨むからね!……えっと……。

そして、信号が青へと変わった。
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