教室はまだ閑散としていて、むしろ廊下の方が騒がしかった。1時限目で教室移動をする者もいるからだろう。幸いと言うべきか、風斗たちのクラスは自分たちの教室で数学を待ち構えることとなっている。
「おっはよー♪」
由美は元気に挨拶を言いながら自分の席に着いた。風斗もその右隣に座る。
「……けど、瀬川さんと喧嘩しちゃうなんて、風斗も意地を張り過ぎよ」
「でも俺はやっぱり納得できない」
鞄からものを取り出すそのやり方が、どことなく荒っぽい。
「瀬川さんには分からないんだよ」
「……気持ちが?」
問い返しにわずかな間ができてしまったのは、クラスメートを気にしての事だ。詩織はまだ来ていなかったが、他のものに聞かれるのもよくない。
「真樹さんに言われた。俺は同情しているだけだって」
「麗子さんにしては手厳しいわね……」
由美の知る限り、真樹麗子が他人を非難したり叱ったりする姿は、まったく見たことがなかった。その役割はネットの司令塔とも言うべき瀬川や、性格的な面から日羽茜が受け持っていたように思う。
「けど、それだけ心配してるって事じゃないのかな?」
「誰を?」
「風斗に決まってるでしょ」
つくづく鈍いんだから――由美としては呆れるしかない。口調もついとげとげしくなる。
「俺を……心配してる、か」
風斗の表情が嬉しさと気恥ずかしさの混じり合ったものに変わる。
彼にとって麗子は上手く言葉で言い表せない女性だった。幼い頃は「大社堂のおばちゃん」であり、母が亡くなってからは母親代わりに感じたこともあった。もちろん、今ではネットのリーダーとして尊敬している。
彼女をどう見ればいいのか、真面目な風斗としては混乱してしまうらしい。由美から見れば、ただの優柔不断なのだろうが。
「んで、どうするの?このまま麗子さんたちと喧嘩してる?」
成り行きを面白がっているような口調の由美に。風斗は首を横に振る。
「いや、謝るよ」
「謝るだけ?」
「しっかり話すよ……俺や葉沢さんの想いを知ってもらいたいから」
「そうそう、言わなきゃ伝わらないよ。特に大社堂のみんなは鈍いんだから」
かなわないな、と苦笑を浮かべながら思った。彼女には何でもお見通しなんだろう。
少なくとも、自分のことは。
由美がそんな風斗を見て首を傾げた。
「どうしたの?」
「由美は……俺のことなら何でも分かるんだなって」
「風斗が単純すぎるだけね、それは」
絶句するしか、なかった。
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