「ねえ、風斗」
「……うん……」
「風斗ってば。どうしたの?昨日、大社堂から帰ってきてから変だよ」

高校へ向かう通学路への道すがら、由美は何度も言い続けていた言葉を繰り返した。

しかし当の風斗は生返事ばかりで、由美に言わせれば「浮気している証拠」を肯定しているだけだった。

実際は、風斗の周りのことを気遣う余裕がなくなっているに過ぎない。由美も普段であれば気づいたのだろうが、風斗と詩織に関する噂を聞いてからは彼女にもちょっとした焦りがあった。

――まさか、この女心に疎い風斗が詩織を抱き締めていたなんて……デマよね。

笑い飛ばしたいのだが、そうもできない。

――そもそも誰に対しても優しすぎるんだから、風斗は。

由美は無遠慮な視線を飛ばし、風斗の表情を窺った。
黙々と歩く姿は相変わらず何かを考え込んでいるようだった。元々お喋りな性格ではないが、それでも由美は違和感を感じずにいられなかった。

「ねえ……風斗?」

今度は身体を軽く揺さぶってみる。すると夢から覚めたようにはっと顔を上げた。

「あ……」

そのまま風斗は茫然としている。二人を避けて通る高校生の何人かは、突然立ち止まった彼に冷たい目を向けた。

「風斗、本当に大丈夫?熱でもあるんじゃない?」

妖怪は基本的に病気にかからないことを由美は知っていたが、風斗は人間の血を引いている。ひょっとしたら例外なのかもしれないと思ったのだ。

「あ……由美か……」

ぼんやりと辺りを見回していた風斗は、間近にいる由美を見てようやく意識がはっきりしたらしい。

「『あ、由美か』じゃないでしょ! いったいどうしたの? 考えてるんだかぼ〜っとしてるんだか、はっきりしなさいよ」
「うん……」
「また、それ……朝起きてから何回聞いたのか数えておけば良かった」

とりあえず立ち止まったままというわけには行かなくなってきたので、由美は風斗の背を押して歩き始めた。

「どうしたのかな、俺……」
「自分でも分からないの?」
「まあね……」

そう言いながら風斗の意識はまだどこか夢に似た感覚に包まれていた。
不思議と心地よい気分だった。

<……淋しいのね……>

「え?」
「どうしたの?」

懐かしい声が聞こえたような気がして、風斗は思わず反応していた。だが周りにその声の主はいない。
いや、いるわけがないのだ。

「風斗ぉ〜?」
「なっ、何だよ。その目は」
「別にぃ。さっきの風斗の顔がまるで恋人に呼び止められたって感じだったから気にしてる、何て思ってないよぉ」
「……思いっきり疑ってるだろ」

露骨な由美の態度に呆れてしまう一方、舌を巻いていた。

――妙なところで鋭いよな……。

けれど彼女のそんな行為が自分を励まそうとしていることは、何となくだが分かった。

「……ありがとう……」
「? 何か言った?」
「気にしない気にしない」

耳ざとい由美が首を傾げ、胡散臭そうに風斗を見つめた。

「……怪しい……」
「何が怪しいんだよ。大体幼なじみをそんな目で見る奴はいないぞ、普通」
「あたし、普通じゃないから」
「……自分で言うなよ……」

風斗は感謝の言葉を訂正したい気持ちに駆られた。なまじな妖怪より彼女の方が怪しく思える。

「何よ、もうっ」

風斗が呆れているのが分かったらしく、由美はあっと言うまに膨れっ面になった。

「そもそも風斗の様子が変だからいけないんでしょ! まるで別人みたいじゃない」

その言葉は風斗に衝撃を与えた。

「別人……俺が……?」
「そうよ。一人孤独に考え込んでる何て間違ってるわ。あたしに洗いざらい白状するのが、普段の風斗でしょ?」
「いや……それも何となく違うと思う」
「とにかくっ!」

由美は右の人差し指を風斗の鼻先に突きつけた、たじろぐ風斗に、しかし優しく微笑んでみせる。

「悩み事は一人で抱え込まないこと。風斗のお母さん、そう言ってなかった?」
「由美……」

それ以上の言葉は口から出てこなかった。もし言ったとしても、由美に笑われてしまいそうな気がしたから。
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