第7章 それぞれの理由
地下生徒会本部。
そこで生徒会役員たちは、一つの文書を前にして難しい顔を並べていた。

その文書とは、ゆり子が地下コンテナ区域の管理をしている生活委員会に届け出た、的場からのメッセージである。
それは、以下のようなものだった。

『本日午後八時、地下コンテナ区域の地下施設にて、この事件の決着をつけることとします。刻限を違えないように注意してください。もし午後八時以前に地下コンテナ区域に到着した場合、<育ちすぎα>を破棄します。刻限から一時間以上遅れた場合、また、教師、警察等、第三者の参戦を確認した場合も同様です。こちらは、天草龍之介と、坂本勇太という生徒を人質にしていることをお忘れなく』

的場の口調そのままなのは、ゆり子が本当に一字一句違わずに文面に起こしたからだ。

最初、このメッセージを受け取った副生活委員長は、委員長である宗祇に連絡を取り、訳の分からないままこの文書を提出した。
こういう時に余計な詮索をするとろくなことがないということを、彼は経験から知っていた。

宗祇はゆり子の出頭も求めたのだが、彼女は副委員長にごく簡単な説明をしただけで帰ってしまった。
これ以上面倒に巻き込まれたくはなかったのだろう。

生徒会役員の一同は、この紙一枚を前に今後の対応を練っていたのである。彼らから少し離れた所には、八雲和郎がにやにやと笑いながら、会議の様子を眺めている。

佑苑が口を開いた。

「これは、的場の時間稼ぎにすぎません。向こうの体勢が整う前に急襲するべきです」

愛美が反論する。

「鬼堂くんを見捨てるつもり? <育ちすぎα>がなきゃ、彼は元に戻れないのよ? それに、むこうには天草くんと坂本くんの二人が人質になってるんだし。……宗祇くん、何か文句がありそうね」
「当然だ。江島は<育ちすぎα>のことを気にしているようだが、それではいざ決戦に臨んだ時にも、的場に抵抗できなくなる。 <育ちすぎα>を盾にされたら、どうやって手を出すつもりだ?」

紀家が、指先で自分の額をコツコツと叩く。

「問題はそこなんだよね。こっちは<育ちすぎα>を失う訳にはいかない。向こうもそれは承知してるから、当然、利用してくる」

ちらりと佑苑を見る。

「だからといって、時間前に強襲するのはリスクが高すぎるんじゃないかな。向こうの戦力が整う前に仕掛けたいのは山々だけど、自棄になられちゃ元も子もない」
「戦力?」

首を傾げたのはゆかりである。

「時間を八時に指定してきたのは、それまでに戦力を整えたいから……よね? でも、向こうにどれだけの戦力があるのかしら? 沖田くんから聞いたかぎりでは、的場が私たちに対抗できるだけの手段を持ってるとは思えないわ」

佑苑が指を組む。

「天草くんから、僕たちの異能力を聞き出しているとしたら、実質二人で真っ向勝負をかけるのがいかに無茶か分かっているはずです。……戦力を整えるといっても、彼らの今までの行動から考えて、人員を集めているとは思えませんし。何を用意しているんでしょう?」

有子が手を挙げた。

「やっぱり、私たちに勝てると思えるだけのものが、コンテナにあるんじゃないでしょうか? えっと、すごい武器だとか……」

有子の意見に、ぱちんと指を鳴らしたのは、べるなだった。

「そっかあ。もしそうだとするとぉ、コンテナ区域を指定してきたのも分かるです。おそらく、そのモノは動かせないか、できたとしても何らかの理由で、長距離を移動してからの使用はできないんですね。んでなきゃ、危険すぎてコンテナ区域みたいな淋しい場所でないと使えないガスや爆弾、BC兵器だとか。……んなとこじゃないです? ドクトルK」
「ほほう」

それまで壁にもたれながら役員たちのやりとりを見ていた八雲は、壁から離れ、べるなに向き直った。

「倉橋といったか? なかなか悪くない推測だ。たしかに、あのコンテナには奴の造った兵器が収められている。それを使えば、貴様たちと渡り合うのも全く不可能ではあるまい。それが何なのかまでは、言えんがな」
「フッフッフ、実は見当がついてるのです」
「言っておくが、巨大ロボットなどではないぞ」

べるなは肩を落として沈黙した。
二人のやりとりを横目に、役員たちは疲れた顔を見合わせる。
そんな中、ゆかりが、仏頂面をしたままの宗祇に言った。

「とにかく、重要なカードはみんな向こうが持ってるんだもの。ここは、メモに従うしかないのかもね」
「……かもしれん。だが」
「大丈夫よ」

ゆかりは、宗祇の唇を押さえるかのように、人差し指を立てた。

「強力なカードを持ってるってことは、おのずと使い方も限定されてくるわ。相手の出方さえ予測できれば、突破口を開くのも難しくないはずよ」

にっこりと笑う。

「宗祇くんも、ただ言いなりになるつもりなんてないんでしょ?」
「都筑も、案外と策士だな」

少し照れ臭そうに、宗祇が笑った。

これで、生徒会側の行動方針は定まった。

<育ちすぎα>を楯にした的場の戦術を破り、彼の持つ最強のカードを奪取する。

それが、生徒会の第一目的である。
ある意味、それさえ叶えば、後は力押しでもなんとかなるはずだ。

しかし、状況は、役員たちに充分な討議の時間を与えなかった。
君島から、菅原未紀発見の方が入ったのだ。しかも、未紀は役員たちとの会見を望んでいるというのである。
←prev 目次に戻る next→

© 1997 Member of Taisyado.