第7章 それぞれの理由
ちっぽけな部屋に押しこめられた津山秀司は、これまでに無い危機感に苛まれていた。

生徒に対する婦女暴行未遂。定年をあと数年後に控えた教師から、全てを奪い去るには充分すぎる罪状である。

恨めしげに、目の前の二人を見る。確か、佑苑と宝生院とか名乗った。いや名前などどうでもいい。問題は、この二人が津山の弁明を一つ一つ先回りして潰していくことにあるのだ。この小賢しい二人をどうにかしないことには、保身など望むべくもない。

攻め方を少し変える。

「そもそもだね、教師にこんな扱いをしていいと思っているのかね? 君たちには、生徒として当然教師に抱くべき敬意というものが」
「欠落しているとは思いませんよ」

佑苑が言葉をさらった。

宗祇が続ける。

「しかし残念なことに、俺たちが敬意を払うべき教師はここにはいない。いるのは単なる色情狂だ」
「こっ、この私を色情」
「色情狂が嫌なら性犯罪者でどうだ? これなら少なくとも、刑法上は間違っちゃいない」

津山が言葉を失う。その隙を狙って佑苑が仕掛けた。

「あなたはもう終わりです。生徒に猥褻行為を働いた罪で、学園からは追放。もちろんマスコミでも話題になるでしょうから、社会的にも抹殺です。……老後は惨めでしょうねぇ」
「ひぃっ……」
「ですが、助かる道が無いわけではありません」
「道が……あるのか……?」

尊大さを保とうとしていた、さっきまでの態度から一転、すがるような目で見上げる津山に、佑苑はささやいた。

「的場について教えてください。彼から何を持ち掛けられたんです? 女の子と引き替えに、あなたは何をすることになっていたのですか? この質問に答えないかぎり、あなたが生き残る術はありません。正直に答えてください」

話の運びが少々強引なのには理由がある。実際のところ、今の津山を罪に問うことはできないのだ。襲われかけた理佳は、その時のことを覚えていないし、二度目に被害にあった<恋人たち>は、存在自体が公的に認められない。仮に<恋人たち>の事件を取り沙汰するとしたら、彼女を救った<正義>のことにも言及せざるをえなくなる。
だから佑苑と宗祇は、津山の弁明を封じ込め、追い詰めて的場との関係を自供させるしかなかったのだ。
しっかりとした証拠固めは、的場を捕らえてからでいい。

幸いにも、二人の戦術は功を奏した。津山が、的場と接触を持った時のことを話し始めたのである。

……それは先週のことになる。
的場は、津山に「女子高生を抱きたくありませんか?」と持ちかけてきたという。無論、津山とて簡単に信じはしなかった。しかし的場はその疑念を見透かしたかのように、津山を<どらぐーん♪>の部室に案内し、松木理佳を紹介したのである。

「そして、四文字のキーワードを教えられたのですね」
「……そこまで知られているとはな……」

理佳の身体の自由を奪う方法を教えられた津山は、売春組織設立のための協力を要請された。要は、教師を対象とした集客と、万一問題が起きたときの隠蔽工作を頼まれたのである。津山は一も二もなく飛び付いた。的場に、催眠術によって発覚の可能性が著しく低くなっているとそそのかされたことも大きいだろう。

津山はそこまで言うと、これでいいだろうとばかりに詰問者たちを見上げ、そして青くなった。佑苑と宗祇が、これ以上ないほどの険悪な顔で津山をにらんでいた。悪魔と羅刹が並んでいるようなものである。

「教師を対象にした秘密クラブ的な売春組織の設立、というわけか」
「なるほど、男子生徒を客にするよりはよほどマシですね。商品は催眠術を使って産み出さねばなりませんから、おのずと小規模になりますし、客が教師なら比較的高額の値をつけられます。それに、発覚はこの蒼明学園の存亡に関わる大事件になります。客は皆、必死になって隠し通そうとするでしょう。それは同時に、売春組織の存在を、この蒼明学園に容認させるということでもあります」
「そして、組織はますます堅牢になっていく、か。……小賢しいな……」

話題は的場に向いているが、二人の目は津山から離れない。まるで全ての責任が津山にあるとでも言いたげである。いや、たしかに津山さえ的場の口車に乗らなければ、この計画は大きく遅れたはずだし、もし事が成った時には、津山は組織の中心近くに居座るつもりだったことは確実である。その責任は、あまりに大きい。

宗祇が、テーブルに手をついた。ゆっくりとした挙動だっただけに、かえって押し殺した怒りが感じられて、恐ろしい。そして、津山の洞察は正確だった。

「肝心の的場はどこにいる? 奴さえ捕らえれば、この事件は終わるんだ。何としても吐いてもらうぞ!」

津山は青ざめた。的場の居場所など、<どらぐーん♪>にいないとすれば見当もつかなかったのだ。しかし、「知らない」の一言で目の前の二人が納得してくれるとも思えない。脳細胞を総動員して心当たりを探る。だがここに来て、津山は的場について何も知らないことに気付かされた。

泣きたくなった。
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