第6章 暴きだされる野望
高等部用簡易クラブハウスの階段を駆けあがっているのは、叶と佑苑である。叶の手には、ここのマスターキーが握られている。

的場という男が、『どらぐーん♪』の部室にいることは、理佳に確認してある。そして、的場の仲間が二人いることもつかんだ。その内の一人は、愛美たちが確保した沖田だろう。部室にいるのは的場ともう一人の仲間、そして、拉致された龍之介の三人のはずだ。
キーをもてあそびながら、叶が言った。

「さあ、どう突入したものかな」
「何言ってるんです。鍵を開けて、中に入って、犯人を捕まえる。僕たちがやるのはこれだけですよ」

味もそっけもない佑苑の台詞に、叶は失望したように首を振った。

「だめだよ。ヒーローの登場には、それなりの作法がある。……たとえば、薔薇を片手にドアを開け、誰何されたら落着き払って口上を……」
「ああ、あそこです。『どらぐーん♪』の部室は」

台詞を途中でさえぎられた叶は少しむくれたが、佑苑に無視され、さらに不機嫌になった。しかし、それ以上に不機嫌なのは佑苑である。

有子の推理は、ほぼ完全に当たっていた。別に、そのことが気に入らなかったわけではない。むしろ、有子に対して敗北感を感じている自分が腹立たしかったのだ。
そして、その自己嫌悪が叶への態度に出てしまうことが、さらに苦々しかった。今は、さっさと的場たちを捕らえて気を晴らそうと考えている。

叶が、『どらぐーん♪』の部室のドアに取りついた。
その間に、佑苑がポケットからペンを二本取り出した。
いや、それはペンではない。生徒会七つ道具の一つ、ペン型特殊ツールである。
一本は、捕縛用ペン型ネット銃。圧縮ガスによって射出されるゴム製の対人用捕縛網は、対象の動きを封じ込める。もう一本は、ペン型電磁警棒である。これはアンテナのように伸ばして使用する。サイズやバッテリーの問題で双方ともに一度しか使用できないが、それぞれ人ひとりの動きを封じるには十分な威力を持っている。
叶がマスターキーを差し込む。彼の手にも、佑苑と同じペン型ツールが握られていた。

「五秒でカタを付けたいところですね」

突入直後にネット銃で中の人員の動きを止め、混乱しているところを電磁警棒で抵抗力を奪い、拘束する。
それが、二人の立てた作戦だった。

「開けるよ」

その声と同時に、叶がドアを開けた。直後、飛び込む佑苑。電磁警棒を構え、声を張り上げる。

「生徒会です! 動か……」
「よう、佑苑」

佑苑の目に最初に飛び込んできたのは、正面で不敵な笑みを浮かべている龍之介だった。

「龍之介くん!?」

一瞬の混乱に襲われた佑苑の脇から、怒涛のような殺気が吹き付けてきた。武村が振り上げる小太刀の木刀が、佑苑の頭目掛けて襲いかかる。とっさに身をひねった佑苑は電磁警棒でその一撃をそらしたが、細い警棒は負荷に耐えきれずに折れ飛んだ。
続いて叶が突入する。彼がペン型ネット銃を武村に向けた時、龍之介が叫んだ。

「的場! その二人だけだ。一気にやれ!」

佑苑と叶は初めて気付いた。自分たちが、お粗末な罠にはまってしまった事に。
背後から噴射された気体が、二人の意識を眠りの彼方に吹き飛ばした。
……足元で這いつくばっている二人。そして、それを見下ろしている三人。

「ここまで嗅ぎ付けられましたか。……もう、ここにはいられませんね」

的場の台詞を、武村が聞きとがめた。

「待てよ。沖田がまだ帰ってねえんだぜ。あいつは……」
「無駄ですよ。この時間まで何の連絡もないことから考えて、生徒会に確保されたに違いありません。ここがばれたのも、彼の証言のためでしょう」
「あいつが……喋ったってのか……」

龍之介が口を挟んだ。

「生徒会の力を舐めない方がいいぜ。口を割らせるくらい、どーってことないんだからな」

武村が龍之介をにらむ。しかし龍之介は涼しい顔で受け流した。
的場が言う。

「とにかく、この部室から離れましょう」
「この二人を置いてかよ?」
「人質としては申し分ありませんが、さすがに運べませんね。暗示をかけて味方に引き込むにも、とてもそんな時間はありませんし、これも……」

手元の<ゆめうつつΣ>のスプレー缶を振る。何の音もしない。

「もう品切れです。無茶をしすぎましたね。……それに、生徒会の動きがこっちの予想より早すぎました。そのうち、この二人からの連絡がないのをいぶかしんで、さらに追っ手をかけてくるでしょう。おそらく、蒲田くんを待つ時間もないはずです」
「それじゃ、その蒲田って奴は捕まっちまうぜ」
「それでも、状況はこれ以上悪くならないでしょう。津山の首が飛ぶだけです」
「良くもならないけどな」

龍之介の皮肉に、的場は自嘲気味に笑う。

「<ゆめうつつΣ>には、眠りに落ちる前の記憶を奪う効果があります。僕たちが襲ったということは覚えていないでしょうが……。天草くん。僕たちがここから移動したとして、生徒会に嗅ぎ付けられるまでどの程度の時間が稼げると思いますか?」
「場所にもよるが、たいして期待できないぜ。向こうには、俺たちの匂いを追える奴がいる」
「警察犬がいるってのか?」
「……まあ、そんなもんだ」

龍之介は心中で舌を出す。愛美ちゃんに聞かれたら殺されるな。
的場が、右腕をさすりながら言った。

「とにかく急ぎましょう。今の僕たちに必要なのはまず時間。……そして戦力です」
←prev 目次に戻る next→

© 1997 Member of Taisyado.