第6章 暴きだされる野望
生徒会地下本部。そのICU。
高熱にあえぐ信吾を一人守っていた美咲は、ゆかりを伴ってドクトルKこと八雲和郎が現れたことにも驚いたが、彼の口から語られたことにはさらに驚いた。

「犯人って、この人の弟子だったんですか!?」

その様子に、八雲はうんざりといったふうに息をついた。

「いい加減にしてもらいたいな。何度同じことを言わされるのだ?」
「いいから、美咲ちゃんにも教えてあげて。ある意味、一番事件のことを知りたいのは彼女なんだから」

ゆかりにうながされ、渋々ながら口を開く。

「いかにも、的場響一は、この私が唯一の弟子と認めた男だ。その才能を見込んで、科学と魔術とを教えこんでやった。無論この私には及ぶべくもないが、そこいらの科学者や魔術師などは問題にならぬ程の成長ぶりを見せたものだ。そして、奴は私との実力差を埋めるために、独自に催眠術を会得していった。ふっ、そんなもので私に追い付けると思うなど、まったく浅はかなかぎりだがな」

嫌がった割にはよく口が動く。
どうも説明というよりは露骨に自慢されているようで、美咲は反感ばかりが高まっていった。

「江島から催眠術云々と聞いた時、私はすぐに的場の仕業と看破した。万能科学部とオカルト研究会に収められた各種薬品の知識と、催眠術の技術なしには実行できない計画だからな。ふふ、しかし今頃になって的場に辿り着くとは、役員といえど低能ばかりだ」
「どうして……」

美咲の顔が紅潮している。怒っているのだ。

「それが分かってたなら、どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか? そうすれば、事件はもっと早く解決してたし、鬼堂さんだってこんなに悪くならなくてすんだかもしれないのに!」

八雲が冷ややかに見返す。

「……相変わらず、自分のことしか考えない娘だな。そもそも、私が生徒会に協力せねばならない理由がどこにあるというのだ? それでなくとも……」

軽く室内を見回す。

「生徒会役員どもは、これだけの大設備と、珍妙な異能力をも備えているのだ。そこに加えて、私のような天才が協力しては、的場にとってあまりに不利というものだろう。もともと、条件は生徒会側に有利なのだ。甘えてもらっては困る」
「……」
「それに、今や縁が切れたとはいえ、的場は私の教えを受けた者。奴めが生徒会どもを相手にどこまでやれるのか、見届けたくもあったからな」
「勝手です……」
「勝手なのは貴様らの方だろう。事件を解決できぬ無能さを棚に上げ、私の手を患わせることを当然と思っているのだからな」

美咲は泣きそうになっている。見かねてゆかりが間に入った。

「でも、今は私たちに協力してくれてるじゃない。的場のことを聞いた時も、ちゃんと教えてくれたし」
「違うな。今回、事件の黒幕が的場だと伝えたのは、お前たちがすでに奴の存在に辿り着いていたからだ。そこまで調べが進んでいれば、私の所に押し掛けて根掘り葉掘り尋ねてくるに違いない。その面倒を省きたかっただけだ。そもそも、私がここに来たのは……」

八雲は白衣のポケットから一本のアンプルを取り出し、美咲に投げた。慌てて美咲が受け取る。

「これは?」
「分からんか? 貴様が待ちわびていたはずの物だ」

美咲の目が、アンプルに吸い付けられる。

「対<ショタコニンX>用に培養した菌の水溶液だ。これを投与すれば、菌は体内で毒素となっている<ショタコニンX>を吸収し、やがて尿とともに排出される。この 菌自体が、鬼堂の身体に悪影響を及ぼすことはないから、心配は無用だ」
「良かった……」

心配のあまり、ずっと張り詰めていた美咲の心が、やっと安らぎを取り戻した。これさえあれば、鬼堂は助かるのだ。

「本当に良かったわね、美咲ちゃん」
「ええ……」

にじむ涙を抑えながら、ゆかりにアンプルを渡す。ゆかりは手慣れた様子で、アンプルの中身を注射器に移した。
美咲は注射が大の苦手なのだが、今はその注射器がひどく頼もしく見える。
しかし、またもそこに冷水が注がれた。

「無邪気に浮かれているところを悪いが、まだ安心はできんぞ」

美咲とゆかりの動きが止まった。

「その菌の効果は、あくまで毒素の除去にすぎん。痛め付けられた鬼堂の臓器が回復するかどうかは、こやつの生命力次第だ。無論、小さくなった鬼堂の身体が元に戻る訳もない」
「じゃあ、どうすればいいんです?」
「方法は一つ。的場が盗みだした<育ちすぎα>を使う以外ない。それさえあれば、鬼堂は元の姿に戻れるだろう。……もっとも、それまで生きていればの話だがな」

八雲は、ベッドに横たわる信吾を見、そして視線を虚空へ向けた。

(どこまで足掻いてみせるか……。それとも、この低能どもに恥をさらす羽目になるのか。目の前の計画だけを見ていれば良かったものを……)
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