第6章 暴きだされる野望
叶がモニターを見て、ふむと頷いた。

「つまり、今までの事件を並べてみると、


<ショタコニンX>と<ゆめうつつΣ>それに<育ちすぎα>盗難事件

――これは、一連の事件のベースになった事件といえるんじゃないかな。犯人は未紀先生だったけど、彼女は何者かの催眠術によって、証言できないようにされていた。

2鬼堂くん幼児化事件

――これは1で入手した薬品を使って鬼堂くんを子供に戻し、無力化することが目的というわけか……。いや、それよりも風紀委員会の撹乱かな。鬼堂くんが行方不明と聞いてからの彼らの動きはひどく鈍い」

佑苑が口を挟む。

「幼児化した鬼堂くんは我々が確保していますが、犯人たちは彼を放置していましたね。おそらく犯人たちは、鬼堂くんを警察か何かに委ねるつもりだったのでしょう」

べるなが厳しい表情で、

「でも、今は二月の末ですよぅ? そんな夜なんかに外に放っといたら、鬼堂くん、冷凍マグロになっちゃいます」
「犯人たちにとっては、鬼堂くんさえ無力化できれば、後はどうでもよかったんでしょうね。たとえ彼の死体が上がったとしても、まさかそれが鬼堂くんだとは警察も思わないでしょう」
「……ひどいですねぇ……」
「続けましょうか。

3天草くん拉致事件
――これについては、後に回したほうが分かりやすいでしょう」

紀家たちが、はっとして佑苑を見た。佑苑はかまわず、言葉を続ける。

「次の、

4松木理佳さん失神事件
――これは、犯人によるものというより、偶発的な出来事でしたが、この事件こそ、我々にもっとも多くの情報を与えてくれました。彼女は、菅原先生と同様の言動の制限、そして記憶の封印を施され、そのうえで、同意のない人間との性交渉を目的とした、身体の自由を奪う暗示をかけられていました。ここで重要になってくるのが、彼女が、天草くんのファンクラブ『どらぐーん♪』のメンバーであるということです」

ゆかりが言った。

「それじゃあ、天草くんの拉致は、その『どらぐーん♪』の……」
「はい。この事件の黒幕は、天草くんのファンクラブを隠れ蓑に、何かやらかすつもりでしょう。計画の遂行に天草くんの存在が必要ということは、彼を餌に女の子を集めようとでも言うのでしょうね」

それを聞いたべるなが、何だか言いにくそうに、

「あのー、ちょっと今、ひじょおにヤバイ想像しちゃったんですけどぉ……」

佑苑は顔色ひとつ変えずに、

「その通りです。この事件の黒幕は、『どらぐーん♪』を隠れ蓑に、売春組織を作り上げるつもりなんでしょう」

室内に沈黙が下りる。
その後、最初に口を開いたのは紀家だった。

「メンバーの女の子たちは、催眠術によって、自分が売春をしていることを覚えていない。万が一情報が漏れるようなことがあっても、津山のような力のある教師をてなずけておけば、自分の保身のためにも必死になってもみ消してくれる……」
「卑劣な手ね……。いったい、犯人は何者なの……?」
「今のところ分かりません。ですが、津山を捕らえて尋問すれば、きっと何か分かるでしょう」
「そうだ!」

その声の主は、紀家でも、叶でも、ゆかりでもべるなでもない。今まで沈黙を守ってきた有子だった。有子は、ぱたぱたとノアの操作盤の前に走っていき、大きな声で言った。

「万能科学部と、オカルト研究会のメンバーのリストを出して!」

ノアのメインモニターに、いくつもの名前と顔写真が並ぶ。

「どうしたの、有ちゃん? さっき、その二つの部に行ったけど、収穫なしだって……」
「違うんですゆかり先輩! ノア! 今のだけじゃなくて、前のも、うん、未紀先生が蒼明学園に来たあたりからのリストを!」

他の者には、有子の目的を理解できていないようだった。しかし、ノアはあくまで彼女に忠実に命令を遂行していく。やがて、

「やっぱり! もー、なんでこんな簡単なこと気付かなかったんだろ!」

と有子は目を輝かせた。後ろで見守っていた紀家たちは、何が何だか分からない様子で、ただ有子が腕をパタパタさせながら喜んでいる様を見ている。

「何か、分かったんですか? 永沢さん」

少し意外そうな顔で佑苑が質問すると、有子はくるりと向き直って言った。

「はい! これ見てください!」

有子はモニターを指差した。ただ、子犬の尻尾のように腕が振られているので、どこを指しているのか、いまいち分からない。

「未紀先生が蒼明学園に来たのは、今年度の初めです。そして、先生はその直後に万能科学部とオカルト研究会の顧問になってるんですっ」
「本当ですぅ。でも、どうしていきなり二つの部の顧問になったです?」
「普通、最もやりたくない仕事だと思うんだけどな……。まるで、この二つの部に入るために来たみたいじゃないか」

有子は満足そうにコクコク頷き、ぴょんと跳ねる様にして操作盤に向き直った。

「そして、未紀先生が二つの部の顧問になってから一週間後までに、両部あわせて五人が辞めてます」

その五人の名前と、各種データがモニター上に現れる。

「そう珍しいことではないのではありませんか? 年度の初めに、所属サークルを変える人は多いですから……」

佑苑の冷たい物言いも、有子は予想済みだった。

「佑苑先輩の言うとおり、それはよくあることですよね。事実、この五人中四人までが、他のサークルに移っています。でも、残る一人だけは、現在にいたるまでも、無所属のままなんです。……それだけじゃありません。この人は、この五人の中で唯一、万能科学部とオカルト研究会の両方に所属していたんです」
「!」

室内の空気がぴんと張り詰める。

「それってぇ、両方の部にある薬のことが分かってたってことですよねぇ……」
「菅原先生が顧問になったとたん、両方の部を退部ですか……。ですが、これだけでは、その人を事件の関係者と見るのは無理がありませんか?」

何やら渋い顔で有子をにらむ佑苑の横で、紀家が言う。

「有ちゃん、その人の細かいデータ出してくれないかな」
「はい!」

ノアのモニター上にその者のデータが次々に映し出されていく。

「的場……響一か……うん?」

紀家の眉がぴくりと動いた。モニターに映された的場という男の顔に、かすかに見覚えがあったのだ。直接顔を合わせた記憶はない。でなければ、写真か……?

「あれか!」
「どうしたです?」
「こいつの顔、どこかで見たことあると思ったら……」

紀家はポケットから四つに折られた一枚の紙を取り出した。

「やっぱり……」
「それって、この前千鶴ちゃんが書いた新聞じゃないですか。ちっちゃい鬼堂先輩が天草先輩を……あれ? ここにいるの……」

有子が覗き込んだのは、載っている写真の端。そこに、二人の人間が写っている。一人は、今モニター上にある顔と同じ的場響一。そしてもう一人、的場に何か話し掛けているらしい男は、数学教師、津山秀司だった。津山が男子生徒に話し掛けているところなど、有子たちは見たことがない。
紀家が横目で佑苑を見る。彼の表情はさらに渋くなっていた。紀家は少し意地悪く、

「これだけじゃ、まだ犯人とは断定できないけど、重要参考人くらいには格上げしてやってもいいんじゃないかな。ねえ、佑苑くん」

佑苑は答えない。その代わり、彼の声はノアに向けられた。

「とにかく、津山を早く押さえる必要がありますね。それから、その的場という男と『どらぐーん♪』の関わりが確認できしだい、『どらぐーん♪』の部室にも手を伸ばしましょう。ノア! エレキカーを使います。二台用意してください」

一気に言い切った佑苑の表情は、どことなく悔しそうだった。それが、紀家にはおかしい。おそらく、有子に先を越されたことが気に入らなかったのだろうが、反応がいちいち素直でないのだ。きっと、佑苑は後に自己嫌悪に陥ることだろう。
紀家が言葉を続けた。

「あともう一つ、気になることがあるんだ。愛美ちゃんと宗祇くんに連絡を。もしかしたら、彼らが一番近いかもしれない。……できれば、僕が押さえたいところだけど……」

その時、生徒会本部に宗祇からの通信が届いた。愛美とともに、津山を追うとの報告である。
そしてほぼ同時に、一人の訪問者が姿を現した。

「何とも騒がしいことだな。まあ、無能な凡人どもでは、落ち着きがないのも止むを得んか」

解決に向かって明るくなりかけていた生徒会地下本部の雰囲気は、再び険悪なものに変わってしまった。
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