第6章 暴きだされる野望
再びエレキカーの中。
愛美が、イライラした様子で宗祇に問うた。

「で、結局その子は何だったわけ? そこを早く話しなさいよっ!」
「そう急かすな。……そうだな。結論から言えば、彼女はレイプされていたんだ。津山の奴にな」
「何ですってえっ!?」
「ぐおおっ! く、苦しっ、首を絞めるなっ!」

エレキカーが激しく蛇行し、バンパーで建物の壁を少し削り落とした。愛美は宗祇を第一の犠牲者にする寸前に手を放した。

「どういうことなの!? 最初から詳しく話して!」
「……勝手を言ってくれる。まあ、少し落ち着け。さっきのことだが、レイプされたというのはちょっと語弊があった。正確には、レイプされかけた、だ」
「同じようなものじゃない」
「まあ聞け。手短に言えば、こういうことだ」

以下は、宗祇が愛美にした説明の詳細である。

生徒会地下本部。
この場にいる生徒会役員、ゆかり、宗祇、べるな、叶は、それぞれ緊張した面持ちで、一つの個室のドアを見つめていた。やがて、その部屋のドアが開き、佑苑と有子が姿を現した。佑苑はいつもどおりの超然とした顔だったが、有子は明らかに不機嫌そうな顔をしていた。
べるなが歩み寄る。

「なんか元気ないです有ちゃん。……はっ! もしや、密室と化したあの部屋で、佑苑くんがその本性を現して……きゃーっ、ダメですっ、ここから先は18歳未満禁止ですぅ!」

顔を覆って、何だか嬉しそうに体をクネクネさせているべるなをとりあえず黙殺し、宗祇が尋ねた。

「で、何か分かったのか?」

まだ嬉しそうに床をゴロゴロ転がっているべるなを完全に無視し、佑苑が答える。

「ええ。なかなか興味深い事実が浮かんできましたよ」
「り、理佳ちゃんが気を失った原因も分かったのかしら?」

ゆかりの言葉が若干澱んだのは、誰にも止めてもらえなかったべるなが淋しそうにこっちを見ているのを無視しきれなかったためである。
しかし、佑苑はあくまで冷静だった。冷静に、とんでもないことを言い放つ。

「彼女は、催眠術を施されています。暗示をかけたのは、菅原先生の言動を制限した者と同一でしょう」
「いったい、どんな暗示を?」

叶の質問に、少しもったいぶって佑苑が答えた。

「彼女に施された催眠術は、大別して三種類です。一つ目は菅原先生と同様、言動の制限。二つ目は、記憶の封印です。そして三つ目は、後催眠」

ゆかりが、少し不安げに首を傾げながら、

「後催眠って、催眠術をかけられた後、指定された外的刺激によって効果が現れるって言う、あれ?」

復活したべるなが、実に嬉しそうに説明する。

「はいっ! えーと、たとえば有ちゃんに、『チーズを食べたらハムスターになっちゃう』って後催眠をかけたとするとぉ……」
「え? じゃあ、私がチーズ食べたら……」
「ぴんぽーん! そのとたん有ちゃんは『ハムスター少女有ちゃん』に変身し、ヒマワリの種を口いっぱい押し込んで、回し車をグルグル回し始めるのでぇーす! ん? 変身? ……魔法少女!?」
「うっ……!」

顔を引きつらせる有子を冷たく無視し、佑苑が再び口を開いた。

「若干例に問題を感じないわけではありませんが、大方そんなところです。理佳さんは、あるキーワードを聞いた時、体の自由が利かなくなるという後催眠をかけられていました。ですから、正確には失神ではないわけです。意識はあるようでしたし、外からの刺激に対しても、きちんと反応していましたから」

叶が、いぶかしげに尋ねた。

「しかし、どうしてそんなことを? 僕は催眠術に詳しいわけじゃないが、動きを封じるのなら失神させたほうがいいと思うけど」

彼の質問を聞いて、有子の顔はさらに曇り、ついにはうつむいてしまった。それを見た叶が少しうろたえたが、佑苑は何も気にせずに答えた。

「後催眠によって意識を失わせることは、不可能というわけではありません。しかし、今回は、それでは意味が無いんです。体の自由を奪い、しっかりと意識を保たせ、刺激にきちんと反応させる必要があったんですよ」
「やけに強調するな」

宗祇が進み出た。

「そろそろ本題に入ってもらおうか。そんな後催眠をかけた理由と、永沢の不機嫌な顔の原因だ」

佑苑は、ちらと有子の方に目を向けると、

「そうですね。そろそろいいでしょう。構いませんね、永沢さん」

有子が小さくうなずくのを確認してから、佑苑は話し始めた。

「まず、何のためにこのような後催眠をかけたか、ですが、これは当然、彼女に抵抗されないようにするためです。では、抵抗が予想される行動とは、一体なんでしょう? その答えは、先ほど言った、効果発動のキーワードにあります」

べるなが、無邪気な好奇心に目を輝かせながら、

「ん〜ぅ、焦らさないで欲しいですぅっ」
「キーワードは、たったの四文字。『やらせろ』です」

佑苑がその四文字を発した途端、場の空気が硬直した。

「えっ、と、その……」

ついさっきまでキラキラした目でキーワードの公開を待っていたべるなは、何だか居心地悪そうに、仲間たちをキョロキョロと見回した。他の生徒会メンバーたちも、ほぼ同じような反応をしている。態度を変えなかったのはキーワードを言った本人と、うつむいたままの有子だけだった。佑苑は構わず言葉を続ける。

「もう、大体予想がついているとは思いますが、一応確認します。彼女、松木理佳さんが後催眠を施されていた理由は、合意を持たない相手と性交渉を持たせるためです。あえて失神に追い込まず、意識と、刺激に対する反応を残したのは、そのためだったんですね」

宗祇が、こめかみを細かく震わせながら、

「で、そんなことまでして、その、なんだ……」
「何です?」
「その、あれをするには、当然相手がいたんだろう? 誰だか分かっているのか?」
「はい。少々意外な相手でしたが。いや、むしろ納得できますか……」
「だから誰なんだ?」

声を高めた宗祇をちらりと見た後、佑苑はずり下がってもいない眼鏡の位置を直して、あっさりと言った。

「高等部数学教師、津山秀司です」

その時、佑苑と有子を除く役員たちは、ある意味非常に有名である津山の情報を脳から引き出して一度不愉快になった後、彼が理佳をその毒牙にかけているところを想像した。その直後。

「ふざけてくれる!」
「……許しがたいね」
「理佳ちゃん、かわいそうに……」
「ダメですぅ! 絶対絶対ダメですぅっ!」

彼らの背後に憎悪のオーラが渦巻いたのを見て、佑苑は苦笑した。そして、

「そんなに腹を立てることもありませんよ。実際には、彼女は津山の手にかかってはいませんからね」

憎悪のオーラがあっさり消え、宗祇たちがポカンとした顔で佑苑を見る。その様子に佑苑は小さく笑った。

「津山は理佳さんの身体の自由を奪ったのち、自分の車に彼女を乗せたのですが、その後しばらく、彼女に手を付けていません。おそらく、目撃者がいない場所を求めて右往左往していたのでしょう。津山が彼女の身体に触れたのは、それから十数分後のことです。しかし、いざ最終段階に、という時、なぜか津山はそこで行為を止めています」

叶が、ホッとしたように息をつきながら、

「途中で止めたって、どうしてなんだい? まあ、美しい花を野蛮な手に折られなかったのは喜ばしいことだけれど」

「おそらく、自分のしようとしていることに良心の呵責を感じたか、でなければ、何か気配でも感じて不安になったかのどちらかでしょう。……おそらく、小心な彼のこと、後者の確率が高いでしょうがね。くくくく……」

そんな佑苑を宗祇が呆れたように軽くにらんだが、その後は少し笑顔を浮かべて、有子に向き直った。

「しかし、結局彼女は無事だったということか。よかったじゃないか。なあ永沢?」
「全然よくなんかない!」

それまでうつむいたまま沈黙していた有子を元気づけようとした宗祇は、思いもよらなかった反応にたじろいだ。しかし、彼が本当に困るのは、有子が顔を上げたその時だった。
有子の目は赤く充血し、目元はぐっしょりと濡れていた。泣いていたのだ。うろたえる宗祇に、周りから非難の目が注がれる。
佑苑が眼鏡を位置をもう一度直しながら、

「永沢さんには、ちょっと酷だったかも知れませんね」
「そうか、有ちゃん……」

ゆかりが、有子に歩み寄って、優しくその肩を抱いた。
有子は、肩を震わせながらゆかりに身を任せる。有子は、理佳が津山に身体をまさぐられていた、その時の感覚と恐怖を、テレパシー能力によって追体験していたのだ。

「辛かったでしょうね。よく頑張ったわ、有ちゃん……」
「私、私、ものすごく恐くて、ものすごく嫌で……。でも逃げちゃいけないって……!」
「うん、うん」
「私、あの人が許せなくて、許しちゃいけないって……」
「そうね、絶対許しちゃいけないわね」

宗祇が、場を繕うように言った。

「それじゃ、この事件は津山が黒幕だったってことなのか?」

叶が異論を挟む。

「どうかな。だとすると、津山が万能科学部とオカルト研究会の薬品のことを知ってたってことになる。しかも、未紀先生を使って盗みだしてる。未紀先生が、よりにもよって津山に女の子を襲わせるために働くかな……?」

ふむとうなずく宗祇。

「よほどの弱みを握られてたか……。いや、それ以前に、ただ女の子を毒牙にかけるためだけに鬼堂を子供に戻したり、天草を拉致したとは考えにくいな。となると、黒幕は例の三人で、津山は共犯もしくは踊らされてる……」

その時、ノアがけたたましい警告音を発した。そして、愛美の腕時計からの発信が途絶えたことが報告されたのである。
←prev 目次に戻る next→

© 1997 Member of Taisyado.