第6章 暴きだされる野望
「困ったわね……」

愛美は、眉間にしわを寄せて、ため息をついた。隣には、先ほど捕まえた沖田が仏頂面で立っている。無駄だと分かっているのか、逃げ出したりはしなかったが、しかし何を尋ねても一言もしゃべらなかった。
本部に連絡しようにも、どうやら通信機は壊れてしまったらしい。
<正義>は、再び未紀の様子を探るために、この場から離れている。

「やっぱり、このまま連れてくしかないわね。ほら、行くわよ」

沖田の手を引く。しかし、沖田はそっぽを向いたまま、動こうとしなかった。愛美の眉が、見る間にキリキリと吊り上がる。扇子を持つ手が音速を超える動きを見せようとした、その時。

 パッ、パーッ

少し間の抜けた、クラクションの音が響いた。
愛美が振り返ると、向こうから一台の四輪型エレキカーが近付いてくる。パワーウィンドウがするすると開き、拍子抜けしたような表情の宗祇が顔を出した。

「宗祇くん!」
「なんだ、どうやら無事のようだな。ノアから『江島の発信が途絶えた』と聞いて、みんなが心配していたぞ。……しかし、どうした? 子連れで」
「変な言い方しないでっ! ……通信機ね、壊れちゃったみたいなのよ。あ、それより……」

愛美は宗祇に、自分の連れている沖田のことを伝えた。
その間も、沖田は一言もしゃべらない。

「……そうか、人は見かけによらないものだな。まあ、とにかく本部に連行しよう。いろいろと確認したいこともある」
「確認?」
「ああ。みんながいろいろと情報を集めてくれてな。あまり役には立たないが、証人もいる。……何とも、馬鹿げたことになりそうだ……。ん?」

宗祇は、くるくると周りを見回して、

「<正義>はどうした? 一緒じゃなかったのか?」
「彼女なら、未紀先生の方に行ってもらったわ。……津山に捕まってなきゃいいけど」
「津山だと!?」

思いもよらぬ宗祇の過敏な反応に驚く愛美。

「な、何よ?」
「津山がここにいるのか?」
「え、ええ。さっき、自分のエレキカーでここに来たみたい。それからどこに行ったかまでは分からないけど……」
「江島、乗れ!」

助手席のドアが開く。

「えっ、でも、この子は……?」
「後部座席にでも放りこんでおけ! 抵抗したところで、ねじ伏せるのは簡単だ! 早くしろ!」

訳が分からないなりに、愛美は非常事態の匂いを感じ取り、渋い顔をしながら助手席に乗り込んだ。
沖田は後部座席に座らせておく。
ドアが閉まり切る前に、宗祇はエレキカーを急発進させた。
愛美が剣呑な目付きをしながら宗祇に尋ねた。

「っ……さて、事情を聞かせてもらいましょうか。私に何の説明も無しに命令したくらいなんだから、よほどのことなんでしょうね?」
「ああ。だが、もう少し落ち着くんだな。その状態で話を聞いたら、冗談抜きで犯人を殺しかねん」
「失礼ねっ! 落ち着いてるわよ!」
「……犠牲が一人ですめばいいが……」

宗祇が語ったのは、事件解決の糸口となる出来事だった。
しかし、それは彼らの捜査の結果というより、偶然向こうから飛び込んできたと言ったほうがいいものである。

……解決の鍵を手に入れたのは、図書委員長の有子だった。

未紀の開放が決定されたのち、有子は再び情報の収集に出た。今回当ってみたのは、数々の秘薬を所蔵していた、万能科学部、オカルト研究会である。もし犯人がいるとしたら、ここに所属している疑いが強い。しかし、色よい情報は得られなかった。事件の直前に辞めた人間がいないかとも尋ねてみたが、そんな者はいないとのこと。
かなりの期待を持っていただけに、ここでの無収穫は痛い。他に当てがあったわけでもないので、結果、有子は校内をぶらぶらと散歩することになった。

(ん〜、それでも他に役立つ情報を……)

と思って熱心に周りに目を配っているが、気が付くと、

(あ、今日、てっちゃんにハムスター用の水飲み器、買ってってあげよう)

などと考えがそれてしまうので、これではあまり成果は上がりそうにない。
「いけないっ」と気合いを入れなおしても、次の瞬間には教室の中で携帯ゲームを奪い合っている男子生徒に目が行ってしまったりする。

しかし、果報は寝て待つものであった。

「あ、有ちゃん」

その声の主は後から接近し、ぽんと彼女の肩を叩いた。

「きゃー!」

その時、「てっちゃんのお嫁さんにはどんな子がいいかな〜」と考えを巡らせていた有子は文字どおり飛び上がって驚き、逆に周囲を驚かせた。
胸を撫で下ろし、声の主を振り返る。

「あー、理佳ちゃん。脅かさないでよ」
「びっくりしたのはこっちよっ!」

唇を尖らせたのは、松木理佳(まつきりか)。有子の友人である。
有子は、ふと、あることを思い出し、理佳に尋ねた。

「あれからどうなの? えと、『どらぐーん♪』って言ったかな、天草先輩のファンクラブ。会員集めは順調?」

それを聞いて、理佳の目がキラリと光った。

「それがね、聞いてよ有ちゃん。うちの『どらぐーん♪』って、男の会員もいるんだけど、そいつらがさ、すっごくヤな奴なの! 特に一人、超ヤな奴がいてぇ、いつも威張り散らして、自分が『どらぐーん♪』仕切ってるつもりになってんのよ! さっきもさ、あたしたち、あ、もう一人、澄江って子がいたんだけどね、そのヤな奴に『邪魔だ』って部室追い出されちゃったの! まったく何様のつもりだってのよ! ねえ有ちゃん、そいつさ、生徒会で逮捕しちゃってよ! 『威張っちゃいけない』って法律あるでしょ!?」

まるで機関銃のようにまくしたてる理佳の勢いに、有子はさすがにたじろいだが、それでも友人のために、生徒会規約を最初から思い返してみた。
が、該当する項目はない。
それを指摘するのもためらわれたので、有子は話題を変えようと試みた。

「えと、えと、ねえ、その『どらぐーん♪』のこと、天草先輩には話したの? きっと、応援してくれると思うんだけど?」
「え……?」

理佳の顔が引きつった。視線が有子の顔から外れ、安住の地を求めて右往左往する。

「?」

不審に思った有子が、下から覗き込むように理佳の顔を見た。それが、さらに理佳の焦りを加速する。そしてついに、

「じゃ、じゃあね有ちゃん。 龍之介先輩によろしくねっ!」

と、手を振りながら逃げ出した。
しかし、彼女の逃走は失敗に終わる。それも、およそ考え得る中で最悪の形で。

理佳が走りだしたその瞬間、彼女の目の前に、教室から二人の男子生徒が一つの携帯ゲームを奪い合いながら飛び出してきた。

「こいつは俺のだっつってんだろーがっ!」
「いいじゃん、一回くらいやらせろよ!」

理佳が倒れた。何の前触れもなく、何かにつまずいた様子もなしに、体をこわばらせて前のめりに倒れた。

「ど、どうしたの理佳ちゃんっ!?」

理佳は一言も答えない。ただ、倒れたまま、その身を細かく震わせているだけだった。
「理佳ちゃん、だったかしら? あの子、体には異状なかったわ。健康よ」
「そうですか、よかった……」

生徒会地下本部の医務室から出てきたゆかりの言葉に、有子はホッと息をついた。理佳に目の前で倒れられたあと、有子はとりあえず慌てふためいた後、ゆかりに連絡を取ったのだ。最初は保健室に理佳を運びこんだのだが、失神の原因が分からなかったため、生徒会地下本部に場所を移して再検査を行なったのである。

ゆかりが、細い首をこくんと傾げた。

「でも、あの子にいったい何が? ノアが彼女のデータを検索してくれたけど、発作を起こすような病歴はなかったわ。それに彼女、本当に気を失ってるわけじゃないみたいだし……」
「では、僕に任せてもらえませんか」

進み出たのは佑苑だった。

「少し引っ掛かることがあるんです。理佳さんを調べさせてもらいます。永沢さん」
「はいっ!?」

いきなり呼ばれて、有子は少しすっとんきょうな声を上げた。しかし佑苑はまったく動じず、

「あなたのテレパシー能力を貸してください。うまくすれば、鬼堂くんの事件を解決する糸口になるかも知れません」
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