第6章 暴きだされる野望
報道委員会会室。折り畳み式の長机が並べられたそこは、召集を受けた報道委員たちで半ば埋まっていた。思い思いの席に座った委員たちが、召集の理由を訝しんで、ざわざわと騒いでいる。授業終了からかなり経っているが、それでも三分の二以上が集結していた。

その時、ドアが開いた。室内が、さっと静かになる。

「集まったようだな」

報道委員長、紀家霞は、正面の、折り畳みでないカーボン製の机に座り、その上に置かれた何本かのマイクの一本を引き寄せた。その表情は、いつになく厳しい。

『今回君たちに集まってもらったのは他でもない。非常事態発生につき、生徒会規約第三項に基づいて、報道規制をかける。これ以降、規制解除が宣言されるまで、一切の報道活動を禁止する。ぜひ、協力してもらいたい』

それを聞いて、いままで静かにしていた委員たちが、一斉に騒ぎはじめた。

「またですか!?」
「非常事態って何なんですか!?」
「この原稿、今日までって言ったのは委員長でしょ!?」

騒ぎは次第に大きくなっていく。
こういった声は、報道規制を宣言するたびに毎回巻き起こる。そして紀家は、この声を聞くたびに、少し嬉しくなるのだ。これこそが、彼らの報道に対する情熱の証なのだから。
委員たちの声がピークに達しようとした、その時。

『黙れーっ!!』

紀家の一喝が、他の委員たちの声を圧倒し、失われた静寂を取り戻した。

『お前たちが携わる報道の力を侮るな! 些細なニュースひとつが、事件を解決から遠退かせることも充分にありえるのだ! その点を熟考しての報道規制である! 異を唱えたければ、この俺を倒してからにしろ!』

紀家が鼻息も荒く声を高めると、その場は一気に白けきった。室内の各所から、ぼそぼそと声が立つ。

「しまったー、委員長、また性格変わっちゃってたんだ……」
「今度は鬼堂先輩かな、風紀委員長の」
「うわー、俺、あの人苦手なんだよぉ」

紀家は、その場に応じて、自分の性格を変えることができるのだ。その際、彼は同じ生徒会の役員から、性格のモデルを取ることが多い。

「この前は図書委員長だったぜ」
「えっ、有ちゃんの性格?」
「ハムスター騒ぎの原稿書いてたときだったかな。俺が事件のこと突っ込んで聞いても、『てっちゃんって可愛いんだよ〜』って、ごまかされちまったんだ」
「うひ〜、タチ悪いな〜」
『そこ! 何をごちゃごちゃと話している!』
「……やっぱしタチ悪いや……」

……ほどなく、解散が申し渡された。ばらばらと委員たちは部屋を出ていく。しかし、ただ帰って寝るわけではない。報道規制が言い渡されたとはいえ、報道委員たちは規制が解除されるその日のために、情報収集をし続けるのだ。
無人になるかと思われた会室だったが、席を立たない一団もあった。不審に思った紀家が近付く。もう、性格はいつもの紀家のものに戻っていた。

「どうしたんだい?」

見れば、彼らは出版部の者たちだった。週一回、学園の生徒を対象にした情報誌を出版している。
丸眼鏡の女生徒が答えた。

「はあ、今日は次の号の打ち合せをすることになってたんですけど、まだ一人来てなくて……」
「うぅん、忘れちゃったのかな?」
「でも、昼休みにちゃんと確認しておいたんです。『打ち合せは今日だから、忘れないで』って。ふぅ、カメラマンの子がいないと困っちゃうのに……」
「カメラマンの子?」
「はい。蒲田くんって言う二年生です」
「ふぅん……」

この時、紀家は特に気にしなかった。これが後に事件に関わってくることなど、想像も出来なかったのである。
<正義>は辺りを見回し、苦々しげに表情を歪めた。
沖田を捕らえた後、<正義>は一人、未紀の追跡を再開したのだが、どうやら彼女たちが捕り物を繰り広げているうちに、未紀はどこかに姿を消してしまったらしい。
さっきまで未紀がたたずんでいたクラブハウス前には、彼女の替りに一台のエレキカーが停まっている。

「ん?」

あのエレキカーは、津山が乗ってきたものではないだろうか?
車内に彼の姿は無い。
では、クラブハウスに入ったのか?
何のために?
疑問を持った<正義>がクラブハウスに近付こうとしたその時、逆に津山がクラブハウスから出てきた。

「!」

<正義>は息を飲んだ。別に津山の姿に驚いたのではない。
彼に手を握られ、おぼつかない足取りで着いていく一人の少女。
<正義>は彼女を知っていた。

(<恋人たち>!?)

思わず飛び出しそうになる衝動を抑えこみ、<正義>は素早く建物の蔭に隠れた。そこから、二人の様子をうかがう。

(どうしてここに<恋人たち>が? ……もしや、天草さまの行方を調査している?)

しかし、それにしては彼女の様子が妙だ。<恋人たち>が少女の姿を取っている時の、あの活発さが感じられない。何より、あの津山のような男に手を握られて、平気でいられる彼女ではないはずだ。
出ていくべきか、行かざるべきか。その逡巡の間に、<恋人たち>はエレキカーの助手席に座らされ、津山もまたエレキカーに乗り込んだ。モーターが始動する。

「いけない!」

<正義>は建物の蔭から飛び出した。
<恋人たち>は、最後まで表情を動かさなかった。
助手席に乗り込む前に、津山に耳たぶをペロリと舐められたというのに。
いつもの<恋人たち>なら、津山が舌を出すと同時に彼を肉片に変えている。
エレキカーが動きだした。そのまま加速する。
<正義>の今の位置では、走ってはエレキカーに追い付けない。
<正義>は周りを素早く見回す。クラブハウスの前にも、棟の各階の通路にも、人の姿は見えない。意を決した。
<正義>のセーターの袖から、小さく、細く、真っすぐな鉄片が出現し、するりと彼女の手に収まった。手裏剣。
とくに一本手裏剣と呼ばれる、投擲用の武器である。
手裏剣を握った刹那、<正義>は大きく振りかぶった。

「南無八幡大菩薩!」

手裏剣を津山のエレキカーに向かって投げ付ける。
そして手裏剣が手を離れる最後の瞬間、<正義>は自らの体を手裏剣に同化させた。
それを投げた自らの力に乗り、一本手裏剣と化した<正義>が空気を裂いて飛ぶ。

かっ!

<正義>は、見事エレキカー後部のバンパーに突き立った。
エレキカーのスピードは緩まない。どうやら、津山は<正義>が食らいついたことに気付いていないか、気にしていないらしい。

(いったい、どうするつもりなの……?)

エレキカーはさらに加速していった。
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