第5章 確かめる絆 取り戻せない絆
「あなたには、正直言って失望しました」

的場は、未紀の方に振り向くと冷たく言い放った。未紀の顔が、わずかに強ばる。

二人は、簡易クラブハウスから少し離れた場所にいた。
津山が愛美と<正義>の注意を引き付けている好機を見逃さず、的場が未紀を導いたのだ。幸いなことに、周りに人の気配はない。

「ここに来たのも、生徒会に尾行されていることを承知のうえでのことなのでしょう?」

それを聞いて、未紀はハッと顔を上げた。彼女の目に、憎々しげに自分を見つめる的場の顔が映る。

「気付かれていないとでも思ったのですか? ……とはいえ、津山が余計なことをしてくれたおかげで位置を特定できたのですから、自慢はできませんが」

若干自嘲気味にそう言うと、的場は未紀に正面から歩み寄った。彼女の持っていたバッグを奪い取る。そしてその中をまさぐると、小さな機械を引きずりだした。

「カメラですか……」

的場の手に握られていたのは、生徒会が仕込んだ小型カメラだった。

「残念ですが、もう、こんなものは役に立ちませんよ。先ほど、沖田くんにちょっとしたオモチャを持たせました。それが発した電磁パルスのおかげで、周囲十五メートル内の電子機器は」

カメラを、植込の中に放りこむ。

「リサイクル待ちのゴミです」
「……カメラなんて……知らないうちに……」
「弁明など聞くつもりはありません」

的場は未紀に背を向け、抑揚に乏しい声で言った。

「これ以上、あなたを信用するわけにはいきません。もはや、あなたはこの計画に不要な存在です。……消えてください」
「消える……」
「方法は問いません。単にこの学園から去ってくれてもいいですし、首をくくってくれても構いません。……そうだ、それがいい。そうすれば後腐れもありませんからね」

的場の口から、乾いた笑声が漏れた。未紀は、黙ったまま動かない。

「どうしました? さっさと消えなさい」

苛立ちをあらわに的場が睨み付けたとき、未紀が口を開いた。

「響一……」

 ぱんっ!

その言葉に対する反応は、劇薬のように激しかった。的場の手が翻り、未紀の頬を音高く打った。彼の目からは苛立ちが吹き消され、代わりに怒りが渦巻いている。

「その名前で呼ぶなと言ったはずです!」
「……」

未紀は目を伏せ、うつむいた。的場は苦々しげに舌打ちをし、自分の前髪を引っ張る。

「どうやらプロテクトが甘かったようですね。この分では、僕の名前さえ生徒会にバレているかも知れません。……全く、あなたの言葉を一瞬でも信じた僕が馬鹿でしたよ!」

唾を吐き捨てる。自分でもらしくない行動だと思ったが、それすらも目の前の汚い女のせいなのだと、その時は自然に考えられた。

「『償いがしたい』? 『許してくれるなら何でもする?』 よくもそんな殊勝なことが言えたものですね! 薄汚い雌狐の分際で!」
「……でも、私は……」

 ぱんっ!

「弁解は聞かないと言ったでしょう! 一体どこまで愚かなのですか、あなたは!」

罵声を浴びせる度に、未紀の頬を打つ度に、的場はどんどん熱くなっていく。脳の中で必死に制止を呼び掛けている理性の声も、彼の激情には届かなかった。

「あなたも所詮は、奴らと同じ。腰を振って男をたぶらかすしか能の無い女なんだ。そんな畜生風情が僕に意見しようなど、おこがましいにも程がある! 身の程をわきまえなさい、淫売が!」

一気に言い切ると、的場は大きく息をついた。

未紀は、再び俯いている。
的場は鋭く舌打ちすると、もう一度未紀に背を向けた。
そのまま歩きだす。自分の取った非論理的な行動が逐一思い起され、ひどく腹が立った。
段々遠ざかりつつある未紀からは、何の声も帰ってこなかった。そのことに対して、なぜかまた腹が立つ。

泣いているのかもしれないな……。

ふとそんな考えが浮かんだとき、的場は胸の中に重苦しいものを感じた。そして、そのような感覚を覚えた自分自身が、さらに腹立たしく思えた。
結局、的場はそのまま立ち去った。未紀がどんな行動を取るのか、それすら確認しようとせずに。

的場は思った。

自分の行動は理性的ではない。そんなことは分かっている。だが、それを承知の上で、自分は何をしようとしているのだろう。なぜ、こんなに苛立たねばならないのだろう。

涙がこぼれた。
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