第4章 死への歩み
「ノア、万能科学部とオカルト研究会の防犯カメラの映像をお願い」

私立蒼明学園。それは、日本全国、いや世界中から生徒を集める、超巨大学校体である。その生徒数は、十万を超えるとも言われている。そして、生徒たちの学校生活を取り巻く環境は、朱凰グループを背景とする潤沢な資金の元、常に最新の設備と快適な生活空間が提供されている。それは、各クラブ、サークルに対しても例外ではなかった。各クラブに支給される設備費は他の学校のものとは比較にならないほど多額のものであり、それによって、より自由で奥深い活動が可能となっているのだ。

……しかし、人数が多く、そして設備が高価であるということは、ほぼ必然的に不心得者の発生を促すことになる。学園の設備を守り、生徒を犯罪の誘惑から遠ざけるため、理事会は、クラブハウスや特殊教室に防犯カメラを設置した。理事長は当初、この計画を「生徒たちの自主性と学校への信頼を失わせる」として反対を表明していたが、結局は「一般教室には設置せず、一定額の設備を持つ特殊教室、および同様のクラブハウスのみの設置とする」という条件付きで、他の理事たちに押し切られてしまった。組織のトップが持つ理念と、運営の現場にいる者との意識のギャップの現れである。しかし、この防犯カメラによる監視体制は、倫理面、生徒への教育効果の疑問、そして予算の問題により、廃止の方向に向かいつつある。そうなれば、最低でも一つは理事の席が空くことになるだろう。

愛美は苦笑する。生徒の活動を縛るためのものが、今、学園の平和を守るために役立とうとしている。だが、これを必要悪という一言で片付けてしまっていいものか……?

愛美を皮肉な思考の淵から引き戻したのは、ノアの硬質な声だった。

『時間の指定をしていただけますか?』
「あ、ああ、ごめんなさい。時間は、そうね、土曜日の午後からにして」
『了解しました。……万能科学部とオカルト研究会の映像を出します』

ノアのメインモニターが二画面に分割され、二つの薄暗い部屋を映し出した。

「まだ、誰もいないみたいね」
「万能科学部もオカルト研究会も、土曜日は活動していないからな。当然のことだ」
『時間を進めます』

画面端の数字が、ものすごい速さで移り変わっていく。
それでも、室内の様子には、陽光の角度以外の変化は見られなかった。
変化が生じたのは、映像内で午後五時半を回ってからだった。

「ノア! 戻して!」

一番最初にそう叫んだのは愛美だった。オカルト研究会の部室に、何者かが侵入したのを発見したのだ。映像が戻され、侵入者が扉を開けるところから再生される。

「女の人……?」

若干角度が悪く、顔は見えないが、肩で切り揃えた髪と、すらりとした体躯を包むワンピースが性別をはっきりさせている。侵入者は、皆の予測どおり、薬品を収めたロッカーに向かった。

「でも、この人……」

有子が首を傾げた。どこかで見た覚えがある。そう遠い過去のことではないはずだ。つい最近、ほんの少し前に……。
だが、有子の物思いなど意に介するはずもなく、画面の中の侵入者は鍵を差し込んでロッカーを難なく開けると、十二番のケースに手を伸ばした。そう。信吾の体を元に戻せるはずだった、成長促進剤『育ちすぎα』が収められたケースである。

「これで、はっきりしたってわけね」
「あとは、顔が見られれば完璧なんだけど……えっ?」

愛美はサングラスを外し、自分の目でモニターを見つめた。侵入者が、十二番のケースだけでなく、その奥のケースにも手を伸ばしたのだ。ケースに書かれた番号は、四。

「ドクトルK、あのケースは?」
「主に、人間の生理現象に干渉する薬品を収めたものだ。確か、八種類が入っていると思ったが……」

侵入者は、若干のためらいを見せながら二つのケースを開くと、十二番のケースから『育ちすぎα』の小瓶を、そして四番のケースからもう一つの小瓶を取り出した。
有子が、八雲の顔を覗き込むかのようにして尋ねた。

「あの、ドクトルKさん。あの瓶、何の薬だか分かりますか?」
「むう……この映像では、はっきりとしたことは分からんな」
「そうなんで……」

表情に軽い失望をにじませた有子がモニターに視線を戻した時、彼女の舌は凍り付いた。モニターを眺めていた他の者たちも、一様に驚きを顔に貼りつかせている。
映像の中、ケースを元に戻した侵入者が、防犯カメラの方に顔を向けたのだ。ノアが、映像を静止させる。

『画像を、高解像度モードに切り替えます』

静止画像に高解像度処理が加えられ、侵入者の不安を抱えた表情があらわになる。

「……!」

愛美たちは、互いが同時に息を飲んだ、その音を聞いた。
間違えようがなかった。
先に有子が感じていた既視感の正体。

「未紀先生……!?」

←prev 目次に戻る next→

© 1997 Member of Taisyado.