第4章 死への歩み
「うーん……」
高等部生徒会執行部にて会計を務める天才エンジニア、白川静音は、目の前の現実を受けとめきれず、ノアのモニターの前で苦悩していた。信吾の幼児化現象の原因を探っていたのだが、調査を進めれば進めるほど、謎は深まるばかりだったのだ。
「特殊な物質が細胞質に働きかけて、細胞全体の大きさを縮小させてるのは分かるんだけど……」
その物質が何なのか分からないのではどうしようもない。いや、正確に言えば、物質自体の存在は確認されているのだが、それが細胞にどう作用し、縮小させているのかがまったく不明なのだ。
「納得できないことは色々あるのよね。……骨細胞まで同様に縮小してること、六歳児並みの体型を絶妙なバランスで作ってること……」
ノアのコンソールに肘を突き、その手で額を支える。形のいい眉が、キュッと寄せられた。こめかみがピクピクと震えている。
「さらに精神年齢まで六歳児並みに低下してること、それなのに知能自体はさほど下がっていないこと……」
……ぷちっ。
「分かんなーいっ!」
あ、キレた。
「いったい何なの!? 細胞を小さくしてるコイツはっ! そもそも、こんなに急激で大幅な変化をしてるのに、どーして体組織に何の損傷も見られないのっ!? あまりにも都合が良すぎるじゃない! それとも何? あんたは魔法のキャンディだとでも言うつもりっ!?」
「荒れてるな、嬢ちゃん」
「あ、武斗先輩!」
本部に入ってきた高等部生徒会副会長、氏家武斗は、小さく笑いながら静音の前に立った。
「その様子だと、うまくいってないみたいだな」
「そーなんですよねえ……。はぁ。自信無くしちゃうなぁ……」
「まあ、そう気を落とすなよ。ほら、よく言うだろう。『その文明レベルを遥かに超えたテクノロジーは、魔法と区別がつかない』って」
「……それ、フォローになってませんよ」
静音にジト目で睨まれ、武斗は少したじろいだ。
「そ、それはともかく、だ。嬢ちゃん、鬼堂の調査は、ここで打切りだ。克巳の奴が呼んでる。何か、俺たちにやらせたいことがあるらしい」
「それじゃあ、もう、この事件からは手を引けってことですか?」
「ま、そういうことかな。克巳の奴、この事件の解決は案外早いと見てるらしい。『犯人捜しは、役員のみんなに任せよう』だとさ」
静音は、少し残念そうにため息をついた。
「そうなんですか。それじゃ、仕方ないですね。……ノア、今までの調査結果、きちんと保存しといてね。愛美先輩たちの役に立てるように」
『了解いたしました。マスター』
席を立つ静音を、自動ドアを開けたままで待っている武斗は、広いフロアをゴロゴロと転がっている信吾と、それを見守っている美咲を遠く眺めていたが、彼の脳裏には別に、一人の女性の顔が浮かんでいた。
「生徒会長の懐刀……。お手並み拝見だな」
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