第1章 華麗(?)なる変身
「……なるほど。それで、鬼堂くんを寮に連れ帰ったわけね」
「はい。迷ったんですけど、あの子が本当に鬼堂さんだったら、外部の人に知られるのはまずいと思って。それに、あのまま外に放っといたら、凍え死んじゃうんじゃないか、って……」

愛美は、扇子をパンと鳴らして頷いた。

「英断ね。よくやってくれたわ」
「まあ、そのことは別にいいんですがね」

佑苑が口を挟んできた。

「あの子供が鬼堂くんだということは分かりました。でも、いったいどうして彼は子供に戻ってしまったんです? 普通、まずそっちからハッキリさせるべきでしょう?」

その時、龍之介が佑苑に手招きしながら声をかけた。

「佑苑、佑苑、それ以上言って女の子に嫌われる前に、これ見ろよ。おいノア、さっき、みんなが来る前に調べといたやつ、見せてやってくれ。ああ、みんなも見といた方がいいかもな」
『了解いたしました。映像をメインモニターに出力します』

ノアのモニター上に、有機的な網目模様が現れた。

「これ、細胞かしら? 何の細胞かは分からないけど……」
「分かんない方がいいよ、ゆかりちゃん。これはガキんちょ鬼堂の細胞だよ。こいつの隣に、俺の細胞を並べて比較してみる」

モニター上に、網目模様がもう一つ現れる。
それは、先に出たものよりもはるかに大きかった。
倍率は同じである。

「ん〜、細胞までも麗しいオレ様っ♪」
「冗談はいらないわ天草くん。ノア、説明してあげて」
『はい。鬼堂委員長の皮膚、筋肉、骨、臓器、脳のすべての細胞が、六歳児並みに縮小しているのです。詳細はこれをご覧ください』

ノアの声に続いて、モニター上に幾種類もの細胞の映像と、それに関する詳細なデータが表示されていく。

「はいはいっ、質問でいっす!」

モニターを眺めて、べるなが手を挙げた。

「鬼堂くんはまるっきり子供になってまーっす。ただ単に細胞が小さくなってるんなら、[3分の1スケール精密モデル、フル可動鬼堂くん]になってるはずですよぅ?」

人をプラモデルみたいに言うべるなに、ノアが冷静な声で答えた。

『縮小率は、部位によって20%から80%まで開きがあります。それが絶妙なバランスを取って、六、七歳の少年の体形を形づくっているのです。……このようなことは、現在の科学技術では不可能です』

ゆかりが、表情を険しくした。

「現代科学じゃ不可能って……それじゃ、<裏生徒会>の仕業なのかしら?」
「それも妙だな。<裏生徒会>がやったのなら、わざわざ鬼堂を生かして返す意味はない。殺さなくても、人質として充分な価値があるはずだ。奴らにとって、これではメリットが小さすぎる」
「でもさ宗祇、あいつら以外に、こんな非常識なことできる奴が……」

言葉の途中で、龍之介の表情が凍り付いた。

いる。
自分たちや裏生徒会の他にも、科学と常識をあっさりと超越する輩が。
愛美も同じ人物に思い当ったらしく、こめかみに冷汗を浮かべている。

「愛美ちゃん、もしかしたら……」
「やめて。思い出したくないから」

 くいっ、くいっ。

「ん?」

信吾が、美咲のスカートの端をつまんで引っ張っていた。
なぜか、困った顔をしながらモジモジしている。

「どうしたの?」

顔を近付けた美咲に信吾が何事かささやいた時、美咲の顔色がサッと変わった。

「ま、またなの!? あの、すいません! おトイレ! おトイレどこですか!?」
「えっ、鬼堂くん、おしっこなの?」
「も……もれちゃうよぅ……」

その場にいる全員が、顔色を失った。

「大変だ! トイレはね、そのドアを出てすぐ右!……なんだ…けど……」

もはや、手遅れであった。
溜め息をつき、十字を切る龍之介。

「ふええええんっ」

寸を詰めたジャージ――実は美咲の物なのだが――を濡らした信吾の弱弱しい泣き声が、生徒会本部にこだました。

「ごめんなさい! 本当にごめんなさいっ!」

美咲は、何度も何度も愛美たちに頭を下げた。信吾は、ベッド用のシーツにくるまり、部屋の隅にうずくまっていじけている。それを、有子とべるな、そしてゆかりが懸命に慰めていた。
愛美が、美咲に頭を上げさせた。

「いいのよ。あなたのせいじゃないし、子供のしたことだしね。……それより、さっき『またなの?』って言ってたけど、そんなに頻繁に出るの? その……おしっこが」
「ええ、そうなんです。今朝も、五回くらいトイレに入ってました」

宗祇が怪訝な顔をした。

「尋常ではないな。ノア! 原因は何か、分かるか?」
『断言はできかねますが、鬼堂委員長の細胞が縮小したため、余分になった水分を体外へ排出する必要が生じ、尿量が増加したものと考えられます。正確なことは、この後調査をしなければ分かりませんが……』

ゆかりが顔を出し、感心したように言う。

「体の異変にきちんと対応してるのね。人間の体ってすごいわ。それとも、これも未知のテクノロジーのおかげなのかしら?」
「あ、ゆかりちゃん。ガキんちょ鬼堂は、もう泣き止んだの?」
「ええ、もう大丈夫。今は、有ちゃんとべるなちゃんが相手してくれてるわ」
「……あの二人が相手を、って……」

龍之介は、少し不安になって、信吾の方に目をやった。

「つまりですねぃ、ジョージ・アダムスキーがスペース・ブラザーズから教えてもらった『宇宙の法則』というのは……」
「なに教えてるんだ、べるなちゃーんっ!」
「ふんふん」
「信じてるぞ鬼堂のやつーっ!」
「ふんふん」
「有ちゃんまでぇーっ!」

地下生徒会本部は、だんだん大騒ぎになってきた。

ゆかりが、ふと不安げに眉をしかめ、ノアに尋ねた。

「でも、これだけ大量の水分を排出していたら、信吾くんの体に負担が掛かっちゃうんじゃないかしら? 大丈夫なの?」
『鬼堂風紀委員長の臓器に大きな負担が掛かっていることは充分に考えられます。通常では考えられないほどの尿量ですから』

美咲が、信吾の方を振り返った。その目に憂いを浮かべながら呟く。

「そう、ですよね。私が、子供の鬼堂さんを見つけた時は、ほとんど水溜まりの中にいるみたいで……。だからお風呂に入れてあげなきゃいけないくらいで……」
「おフロっ!?」

とんでもない声を出したのは龍之介である。
そのまま、信吾の所に飛んでいく。

「おい! おまえ、本当に美咲ちゃんと……風呂入ったのか!?」

そう聞かれた途端、信吾の表情がフニャッと弛んだ。

「……キモチよかったぁ……」
「美咲ちゃん! 何てことをおっ!」
「誤解しないでくださいっ! 確かに一緒にお風呂に入りましたけど、私はちゃんと服着てました!」
「本当ですかぁ? そんなこと言って、『鬼堂さんちっちゃいから、いいよねっ』とか理由つけて、肌と肌との……」
「ハダとハダあああああ!」
「きゃー! 天草先輩が壊れちゃったー!」
「いい加減にしなさいっ! 佑苑くんまで一緒に、なに美咲ちゃんいじめてるの!」
「美咲お姉ちゃんをいじめるなー!」
「あっ、カシオペア座からの電波ですぅ」

もはや、騒ぎは収拾がつかなくなっていた。
その時、自動ドアがさっと開いた。

「やあ、小さくなっちゃった鬼堂くんって言うのは、どの子なんだい?」
「会長っ。そんな興味本位で授業を抜け出すのは、感心しかねますよっ」
「そう言って、慈先輩もちゃんと付いてきてるじゃないですか。……あっ、心配しないでくださいね皆さん。私とノアとで、原因を徹底究明しますから!」
「はしゃいでいるようにしか見えないぞ、嬢ちゃん」

……もう、収拾とか、そんなことを言っていられる状況ではなくなったようだ。
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