第1章 華麗(?)なる変身
『照合終了。この少年の固有パターンは、指紋、網膜、DNAにいたるまで、鬼堂風紀委員長のそれと完全に一致しています』

ノアの硬質な声が地下生徒会本部に響いた時、愛美と龍之介、そして美咲は一様に息を飲み、信吾少年に視線を集中させた。当の少年は、無邪気にノアの操作盤をいじっている。音声入力以外は切ってあるので、たとえ自爆ボタンを押しても安心である。

愛美は、無邪気に遊んでいる信吾を横目に、静かに言葉を紡いだ。

「あの子が本当に鬼堂くんだとしたら……ぐずぐずしてられないわね。ノア」
『はい』
「第三項の発令申請をお願い。その後、みんなを召集してちょうだい」

地下生徒会本部を訪れた生活委員長、宝生院宗祇は、愛美の話を聞いて疑わしげに信吾を見やった。

「本当に、あの子供が鬼堂だと? ……信じがたいな……」
「信じられなくたって、事実そうなんだから仕方ないでしょ宗祇くん。ほら、有ちゃんなんか、もう現状に適応してるわ」

愛美は、信吾が口の周りを真っ白にしながら手製のシュークリームをぱくついているのを、嬉しそうに眺めている図書委員長を指し示しながら言った。

「彼女と比べるのはどうかと思うが……」

苦い顔をしている宗祇の肩を、報道委員長、紀家霞がポンと叩いた。

「ま、いいじゃない。こんなに面白いネタは、どこ探したってそうは無いよ。それに、結構可愛いじゃないか。公開できないのが残念だけどね」
「そうです〜。それに、状況がこうやって設定されちゃったんだから、わたしたちは、まずそれを受け入れて、行動しなきゃいけないんです」

会計監査委員長、倉橋べるなが、まともなセリフで掩護射撃をする。しかし彼女はその後、小声で呟いた。

「あんなに小さいんだから、これからどーとでも調教できますぅ……ふふふ」
「何か言ったか? 倉橋」
「なんにも」

その後ろで、保健委員長、都筑ゆかりが「この人たち、相変わらずねえ」と言いたげに苦笑している。

愛美が、辺りを見回して言った。

「ところで、叶くんはどうしたの? 来てないみたいだけど」

それには、催事実行委員長、佑苑若社が答えた。

「ああ、彼ですか。彼なら、定期検診とかで、病院に行ってます」
「またなの? でも叶くんって、本当はどこが悪いのか分からないわね」

その意見には、皆が頷いた。

「ま、とりあえずは、みんな集まったってことね。じゃあ、始めましょうか」

ノアの方に向き直った愛美に、宗祇が声を掛けた。

「ちょっと待て江島。彼女は、いったいどうするつもりだ?」

宗祇の視線の先には、美咲がこわばった表情で立ちすくんでいた。不安げに、愛美や他のメンバーを見ている。
だが、愛美の返答は、美咲の予想を裏切ったものだった。

「ここにいてもらうわ。色々と聞きたいこともあるしね」
「しかし、何もここでなくてもいいのでは? 所詮、彼女は部外者ですし……」
「それは違うわ佑苑くん。美咲ちゃんは、もう充分以上に私たちと関わってしまったもの。ただの部外者としては扱えないのよ。彼女が、それを望むと望まざるとに関わらずね」

愛美が、美咲を正面から見つめる。
美咲は頷いて、一歩前に歩み出た。

「……私にも、協力させてください! 私、少しでも皆さんの役に立ちたいんです。お願いします!」
「私たち、じゃなくて、鬼堂くんのためでしょ?」

そう愛美に笑いながら言われると、美咲は耳の先まで真っ赤になってしまった。その様子に、生徒会役員たちは苦笑する。
ただ一人を除いて。

「困ったものですね。身の程を知らないというのは……」
「美咲お姉ちゃんの悪口言うなあっ!」

がんっ。

信吾が、佑苑のスネを木刀で一撃した。
悲鳴を上げて飛び跳ねる佑苑を、誰も顧みなかった。

「私が、子供になっちゃった鬼堂さんを見付けたのは、昨日の晩のことなんです……」

……日曜日の夜九時ごろ。
美咲は自室の机で、数学の復習をしていた。
複雑怪奇な数式の羅列に、頭を抱えている。
悲願の復学を果たし、希望に燃えていた美咲の行く手には、現実という暗雲が暗く立ち篭めていたのだ。
授業の内容に、ついていけなくなっていたのである。
そのため、美咲は連日深夜までの勉強を余儀なくされていた。はっきり言って、眠いし、辛い。

「ふう。学園生活って、大変なんだなあ……」

 かちっ、かちっ。

「ん?」

シャープペンシルの芯が出てこなくなっていた。
補充のために芯のケースを開いてみると、芯は一本しか入っていなかった。
時計を見る。門限までには、まだ少し時間があった。

「……買ってこなくちゃ」

美咲は、財布を握って立ち上がった。
寮の近くのコンビニなら、芯くらい売っているだろう。
ついでに、肉まんも買ってこよう。
太ってしまうかもしれないが、夜食でもなければやってられない。

コートを羽織った美咲は、眠い目を擦りながらノロノロと寮を出た。入り口近くの受付にいつも陣取っているはずの寮母のおばさんは、自室に引っ込んでいるらしく、姿が見えなかった。
寝てるのかもしれないな、と思うと、美咲は少し腹が立った。

「うっ……さむ」

外は風が強く、その身を切るような寒さに美咲はコートの襟を立て、顔の半ばを覆った。 その時だった。

「あれ?」

寮の近く、外灯の光がわずかに届く辺りに、小さな影が転がっていた。時折、モゾモゾと動く。

「やだ、何?」

恐る恐る、ゆっくりと近付く美咲。
怪しい影から五メートルの地点まで接近した時、美咲はその正体に気づいた。

「男の子!?」

そこには、六、七才の少年が、その体には大きすぎる服に包まれて横たわっていた。

「きみ! ねえ、どうしたの?」

あれ? この服……。

少年が包まれていた服は、詰め襟の制服だった。
私服制のこの蒼明学園で、このような古くさい代物を着ている者は、そうはいない。それに、このデザイン……。

「まさか、ね」

とんでもない想像をしてしまった自分に少し苦笑したが、次の瞬間、美咲の目は少年の顔に吸い寄せられた。
外灯の白い光の下、ひどく幼くはあるものの、色濃く残っているその面影ははっきりと見て取れた。

「鬼堂さん!?」
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