エピローグ
「――今回の件の報告は以上です」
「ご苦労さま」

短い言葉ながら、そこに込められたねぎらいの気持ちが充分に感じられる。そう思うと、江島愛美はまだわずかに残っている疲れも消えてしまう気がした。
彼女をしてこう思わせる人物こそ、蒼明学園高等部生徒会会長・朱凰克巳である。

「それで、どうなんだい? 和泉くんの方は」
「そのことなんですが……」

愛美の口調に歯切れの悪さが混じり、それだけで克巳はすべてを見抜いた。

「――辞任する気なんだね」
「はい。今回の責任をとって……」
「そうか……」

克巳は身体を深々とソファーに沈め、ため息をついた。笑顔で女子生徒300人は魅了できるといわれる彼である。憂い顔ならどれだけのものか。

「できれば、本当の彼ともっと付き合ってみたかったけれど」
「会長」
「何だい?」

少しだけ硬くなった愛美の声にも、克巳は平然と対応した。

「会長はご存じだったんですか? 和泉くんが『帽子屋』に半ば乗っ取られていたことを」
「う〜ん、まあ、なんとなくは」

やっぱり――愛美は肩の力が抜けるのを感じた。おそらく事実すべてを知っていたわけではないだろうが、この人のことだ――。

「問題を抱えてるみたいだったからね……ちょっと面白そうかな、と」
「そう言うと思いました」

呆れすぎて、ため息も出ない。慈ちゃんの苦労も分かるわ――克巳の恋人であり、生徒会書記を務める女性を思い浮かべ、愛美は額を押さえる。

「とにかく、本人の意志が強いので辞任を翻させるのは無理です」
「だろうね」
「……どうするつもりですか?」
「愛美ちゃん、わざと尋ねてるね?」

克巳が微笑んでみせた。

「僕がどう指示するか、お見通しなんだろう?」
「ええ」

愛美も大胆さでは克巳に劣らない。生徒会長の懐刀と称される所以である。

「それじゃあ、決まりだ。何しろ、とんでもない能力の持ち主のようだからね……彼女は」
「想像物創造能力とでも呼べばいいんでしょうか? 使い方次第では、神さま気分も味わえるでしょうけど」

そう言った時だけ、愛美の表情が少し翳りを帯びた。誰かを思い出しているような、遠い目と共に。

「でも報告を聞く限り、彼女は大丈夫そうだ。委員長として相応しい能力と心を持っているよ」
「……まさか有ちゃんにまで目をつけていたなんてことはないでしょうね、会長?」
「は、ははは、い、嫌だなあ、愛美ちゃん。勘繰りすぎだよ」

わざとらしい。

「分かりました。その点についての追及はしません。時間もありませんし」
「あ、ありがと」
「――その代わり」

愛美は報告書とは別のプリントを、克巳に突きだした。

「……これ、なに?」
「生徒会本部の修理責任書です。『トランプの騎士』たちが入ってきた際に、通路の壁や床が傷ついてしまって……ついでに"ノア"も強制的に一時停止したものですから、まだ復旧作業が続いてます」
「ということは」
「……静音ちゃんに謝っておいてください。それでは」

そう言い残すと、愛美は優雅な足取りで会長室から退席したのであった。いやはや、鮮やかなものである。

一方、呆然としていた克巳は、というと……。

「――よし。武斗に渡してこよう」

こうして、生徒会会計の怒りは副会長へと向かうことになるのだが。
それを語るのは、ちょっと残酷かもしれない。


事件から数日後。
予定されていた花見大会が無事、行なわれた。もっとも図書委員長が交替し、ごく普通の女の子が大抜擢されたことについての説明はされていない。
さほど気にした者もいなかったが。
酒のせいだろう(未成年は禁酒禁煙です。この物語を読んでいる良い子の君は、彼らのようになってはいけません)。

新図書委員長の他にも、新設された生活委員会の委員長がこの場に参加していた。彼も1年生ではあったが、そのふてぶてしい態度は役員たちを驚かせた。また、図書委員会とは別の事件で代替りすることになった購買委員会の新委員長も、独特の(自称)優雅な自己紹介で皆を呆然とさせた。

そうして、いよいよ新図書委員長の自己紹介が始まるわけである。

「それでは、新たに図書委員長となった永沢有子さん――通称・有ちゃんに自己紹介をしてもらうわ! 聞かない人は扇子で殴るわよ!(酔ってる)」
「よっ、待ってました〜!! 有ちゃん、俺と飲まなぁ〜い?(酔ってるが、普段と変わりなし)」
「ええいっ、見苦しいぞ! 天草ぁ〜!(これも同じ)」
「……お前も見苦しいがな(酔っても顔に出なけりゃ、声にも出ない)」
「もう……みんな飲み過ぎよ……くぅ(寝言)」
「ふっ……今宵の桜は美しい。ですが、貴方には劣りますよ(自分に酔ってる)」
「私は花より電波ですぅ〜(別世界)」
「やれやれ……困った人たちですね。ま、私が困るわけではありませんが……くっくっく……(さらにダーク)」
「あ、あの〜……」

申し訳なさそうに窺う新図書委員長は、既に泣きそうである。

けれど。
この人たちと一緒に頑張っていこう、と彼女は強く決意していた。

独りきりで泣いていたあの頃、思い描いていた夢。それを叶えようとしてくれた友達は消えてしまった。自分が挫けそうになっていたから。

でも。

これからは違う。在りし日の夢を、今度こそ叶えよう。素敵な友人たちと一緒に。

「図書委員長になった、永沢有子です! みなさん、よろしくお願いします!」

幸せになろう。微笑みを忘れずにいよう。

すべては、未来に在りし日のために……。


「しくしく……みんな今頃、楽しんでるんだろうなあ」
「紀家委員長、調整のペースが遅れています。このままでは予定時刻より20分18秒ほどの遅延となりますが」
「分かってるよっ! どうでもいいけど、"ノア"! お前も手伝えって!」
「私は江島委員長より紀家委員長の監視を任せられていますので」
「裏切り者ー!」
「――減点1」
「わーっ!冗談だってば、"ノア"様ぁ♪」

……やれやれ。

おわり
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© 1997 Member of Taisyado.