「遅くなりましたが、まだやっていますかぁ?」

居酒屋『酔夢』の暖簾をくぐりながら、恐る恐る笙は声をかけた。
すでに、クリスマスの夜は後数分を残すばかりになっている。あの後、仁美を自宅まで送ると、すぐにバイクを飛ばしてここまで来たのだが、雪のせいで思うようにスピードが出せず、結果としてこんな時間となってしまったのだ。

「随分と遅かったじゃない。それと、寒いから早く戸を閉めなさい。」

入口に立つ笙に、店の中から女性の声がかかる。
ほっとしつつ、彼は店内に足を踏み入れた。
が、その直後、猛烈なアルコール臭が彼を襲った。
辺りを見回してみると、店内は台風でも通りすぎたかのような有り様になっていた。襖は外れ、カウンターの椅子は倒れ、あちこちに酒瓶が散乱している。
そして、奥の座敷では二人の人物が酒を酌み交わしていた。黒髪の絶世の美女と赤ら顔の老人という奇妙な取り合わせだったが。
足元に注意しながら、何とかそこまで辿り着く。

「晶さんと宴楽斎さんの御二人だけですか? もう少し残っていると思ったのですが。」

当然とばかりに宴楽斎から注がれる酒を受け取りながら、笙は尋ねた。

「恋ちゃんは乙女ちゃんが送っていったわ。音彦君と雷顕は少し前に引き上げたし、華雅美ちゃんと十郎太も帰ったわ。後はご覧の通りよ。」

確かに晶の言う通りだった。店の入口では気付かなかったが、床のあちこちに毛布にくるまっている人影が見える。どうやら銀河や刃、大獅といった面々の様だ。
呆れ顔でそれらを見ていた笙だったが、何故か笑いがこみ上げてきて、思わず笑い声を上げてしまう。

「ふぅむ。いつものお前さんらしくないのう。何かあったのかのう。」

自らの杯に酒を注ぎながら宴楽斎が尋ねてくる。

「そうね、いつもの貴方なら潰れた連中を見て、小言の一つも言っている所だものね。こんな遅くまで高校生のコンパが続く筈ないし。何があったのか話してご覧なさい。」

どうやら、二人――水晶球の付喪神と酒の精とでもいうべき妖酒老――は、笙を肴に更に飲むつもりらしい。だが、自分が酒の肴にされると分かっても今の彼は不思議と腹を立てなかった。彼自身、先程の出来事を誰かに聞いてもらいたい気分だったから。

「実は……」

赤提灯とクリスマスツリーと、そして舞い落ちる雪だけが皓々と輝く中、聖し夜は更けていった……
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