プロローグ

ぼんやりとした緑色の光に照らされた非常ドア。その前に、一人の少女がキーを片手に、怯えた様子で立っていた。周りを注意深く見回し、急いでキーを突っ込む。鍵を外した時に立った高い金属音に、少女はハッと身を固くした。

ゆっくりとドアを開くと、少女の前に、闇を抱えたまま伸びている地下への階段が現われた。もう一度おどおどと周りに目を配り、飛び込むように中に入ると、音を立てないように気を付けながらドアを閉める。

「はあ……」

見つからなかった……。

少女は安堵の息をついたが、すぐに表情を引き締めた。中身の詰まったショルダーバッグを掛け直す。
まだ安心などできない。本番はこれからなのだ。
小さな懐中電灯で足元を照らしながら、注意深く階段を降りていく。その先に広がる巨大な平べったい空間は、整然と並ぶ無数のコンテナに占拠されていた。

そう。ここは「地下コンテナ区域」。あらゆる物を保管できるようにと設けられた、巨大な倉庫地帯である。
簡単な登録作業さえ済ませておけば一般生徒でも自由に利用できるのだが、少女には忍び込まねばならない理由があった。

腕時計に目を落とす。
九時半。受付の作業はすでに終了しており、警備の人間が巡回してくるにはまだ時間がある。今なら、誰にも発見されないはずだ。

少女は闇の中を進み続け、やがて一つのコンテナに歩み寄っていった。
コンテナ側面の小さなドアの前で足を止め、ポケットから取り出した小さなキーでドアを開ける。

ぶわっ。

ドアを開いた瞬間、言いようのない悪臭が少女に吹き付けてきた。しかし、彼女は少し顔をしかめただけで、そのままコンテナ内に足を踏み入れる。

ざわっ!

コンテナの中で、無数の気配が動いた。だが、少女に怯えた様子は無い。

「ごめんね。このところ忙しくって、なかなか来れなかったんだ。お腹すいたよね。ごめんね」

少女はショルダーバッグを下ろし、中の物を取り出そうと……。

どばああっ!

少女がバッグを開けた瞬間、無数の気配は一斉にバッグの中に殺到した。
懐中電灯の小さな光が、気配たちの姿を少しだけ照らし出す。

「!」

それは、まさに巨大なうねりであった。
少女の顔が、戦慄に引きつった。

「ご…ごめんね……」

涙が一つ、こぼれ落ちる。

「ごめんね…。足りないかもしれない…。ほんと…ごめんね……」

うねりは、彼女の存在など目に入っていないかのように、ただ、バッグを中心に渦を巻き続けていた。

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