――許せない……。
彼女は憎んでいた。
ある男を。その存在のすべてを。
――許せない……。
憎い。憎い。殺してやりたい。
でも。
今も愛している。どれだけ憎んでも、逆に男への愛情は増していく。
愛そうと思っても、憎悪は決して消えない。
――許せない……。
では、自分はどうすればいい?
完全に憎むことも愛することもできない。
弄ばれている、心。
男は永遠に彼女を手にしていた。
どんなに離れていても。
どんなに忘れようと思っても。
彼女は囚われたまま。
――許せない……。
何で、あいつだけ苦しんでいないの?
何で、あいつだけ幸せなの?
なぜ? なぜ? なぜ? なぜなの?
男は自分の才能を磨き、それに自信を持ちつつある。
彼女は才能を磨くどころか、もう……長くは、ない。
なぜ……?
――許せない……!
「ならば、君に力を与えよう」
突然、その声は響いた。
少年のようであり、青年のようであり、壮年のようであり……老人でもあるような声。
「君の願いのままに"世界律"を"改新"させるがいい……そのための力は、用意してある……」
"改新"――彼女は、なぜかその意味を瞬間的に悟っていた。
――許せない……"改新"を、今こそ。
「目覚めたね」
声の主は小さく笑った。
「さあ、おいで……"式部"」
そして彼女は、声の命じるままに動き始める。
身を包むものは、あの男の創り出した最初の世界。
それは、闇のように黒い鎧。
――壊してやる。あの男の世界を!
もはやそれは「彼女」ではなかった。復讐に燃える、漆黒の魔人だ。
――フクシュウヲ……フクシュウヲ……。
……やがて。
その場には誰一人としていなくなっていた。
「―― <奇跡>を起こす時が来た」
黒のシルクハットに燕尾服、そしてステッキという手品師の格好をした人物が、厳かな口調で告げた。
その声の質から、まだ青年であることは間違いない。
彼の背後に立つ初老の男性が、わずかに驚きの表情で青年を見つめる。
「いよいよですな」
「ああ……この学園こそ、私の目的に相応しい場所だ。」
青年の顔はシルクハットと薄暗い部屋の照明のせいで、はっきりとしない。だが熱に浮かされたような雰囲気が、見え隠れしている。
「第一の<奇跡>は少々厄介だが……」
「調査はすでに済ませております。それによれば――」
老人の報告は数分で締め括られ、青年は満足げに頷いた。
「――ご苦労。それならば話は早い」
ヒュンッと右手のステッキを手の中で回す。
「必ず<奇跡>を叶えてみせよう……それが彼女の願いであり、私の願いでもある」
宣言するかのように、彼は言った。
「魔術師は、<奇跡>を起こす」
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