「――突然、昏睡状態にですか……」
「ああ、妖気もわずかだか感じた、間違いないだろう。」

瀬川の一言で場が静まった。普段ならここは彼らの憩いの場であるが、今は違う。

「でもさあ」

不意に由美が話し出した。

「三上市議って、土地開発の問題でかなり無茶言ってた人でしょ?妖怪が怒って何かするのも無理ないと思うけど」
「ほう、詳しいな」

瀬川が驚いたように目を開いた。それでも眠そうだが。

「当然でしょ。報道部員なんだから」
「どうするんです?」

話の方向を無理矢理元に戻し、風斗は麗子を見た。
しかし、即答したのは彼女ではない。

「決まってるじゃない。見つけ出して叩き潰す。それだけでしょ」

ショートカットの美女が、不敵な笑みと共に言い切った。
彼女は、由美のソファーの背もたれに浅く腰掛けていた。上半身を風斗の方へ向けている。

太股や胸元を大胆に露出した赤い洋服を着ており、モデルのように見えるが、天体カメラマンという意外な職業に就いている。

「でも、茜さん……」
「何よ」

茜さん――日羽茜の鋭い視線を向けられてわずかに怯んだが、言葉を続けた。

「どうやって見つけ出すんですか?」
「それを考えるのは私の役目じゃないわ」
「少しは考えたらどうです?」

突然口を挟んできた野牟田を茜が睨む。

「いちいち突っ込まないでよ」
「それはすいませんでしたぁ」

皮肉たっぷりだが、野牟田が言うとなぜかとぼけた感じになる。
だが、相手が茜では火に油を注ぐようなものだ。まさしく言葉通りに。

「……あんたって奴は〜っ!」
「こらこら、喧嘩してる場合じゃないだろ」

瀬川が素早く火消し役に回る。

「とにかく、調査が必要だ。何のために三上市議を襲ったのか、それを確かめんとな」

全員がこくりと頷いた。
なぜか、由美も。

「あたしに任せといて!三上市議の情報を探る手だてもあるし」

これには風斗どころか瀬川も驚いた。
というより、驚いていないのは麗子と野牟田だけである。

「おいおい、本当か?」
「まーかせて!」

彼女は胸をどん、と叩くと悪戯っぽく風斗を見つめた。

「というわけで、風斗。あたしにしっかり協力してね」
「えぇっ!?」
「当たり前でしょ。あたし一人に無茶させるつもり?」
「いや、そんなことはないけど……」

風斗は困って周囲に助けを求めた。

「瀬川さん、茜さん、野牟田さん、何とかしてくださいよ」
「俺は俺で調べるから」
「私も雑誌社のコネがあるの」
「僕は現場検証がありますし、2人の邪魔はしたくないですねえ」

ばきっ。

「由美ちゃん、ひどいなあ」
「あっけらかんと言わないでっ!」

小さくため息をつき、風斗は先程から口を挟んでいない1人と一匹に目を移した。

1人は背中まで伸びた黒髪の女性。どこか気品めいたものが感じられ、良家のお嬢様かと思わせた。
1匹は黒い和犬だった。だがその風貌は狼にも似た精悍さがある。
女性は落ち着いた色合いのカーペットに寝転がっている犬を優しく撫でていた。犬の方も気持ち良さげに尻尾を揺らしている。

「……あの、舞花さん?」
「……どうしたの?風斗くん」

愛しそうに犬を撫で続けていた女性は、風斗に柔らかい微笑みを見せる。
その声は信じられないほど澄んでいて、凛とした強さをも内に含んでいた。
紫苑寺舞花。文学部の大学生である。その美声と演技力を生かして、演劇サークルに入っている。風斗も彼女の演技を見たことがあるが、素人目にもかなりのものだと思えたくらいだ。

「由美を説得してくれませんか?」
「でも、由美ちゃんの情報網は侮れないわ。風斗くんが守ってあげれば大丈夫よ」

――あ、やっぱり。

舞花の答えは十分予測できたので、落胆はしなかった。しかし、ため息だけはどうしてもついてしまうのだが。

「自業自得だ、カザト」

和犬が起き上がり、身体をほぐすように動かしながら言った。
日本語で。
彼の名はクロ。
クロもまた妖怪であり、とある獣医の家の飼い犬として生活している。

「ユミを連れてきたのはお前だろ」
「そんなこと言ったって、由美が勝手についてきたんだ」

クロが相手の時は、風斗の口調も年相応のものになる。

「クロ、一緒に来てくれよ」
「ヤだ」

クロはきっぱりと断った。

「オレはノムタと一緒に行動する。カザトが来る前に分担は決まっていた」
「そんな……」

風斗は頭を抱えた。由美と一緒に行動するのが嫌なわけではない。
問題は彼女が強烈な好奇心とトラブルメーカーの素質を備えているということだ。由美が首を突っ込むと、何らかのとばっちりが他者――大抵の場合、風斗に降りかかる。

「どうしよう……」

横目でちらっと見ると、幼なじみは瀬川と野牟田を相手に口論の真っ最中だった。
風斗はもう一度深いため息をついた。
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