第2章:FALLDOWN
〜2人は揃って、ため息をついた〜
「――って、俺たちはどうするんだよっ」
「逃げるわけにもいくまい!」

おお、忘れるところだった。
場面は再び生徒会の漫才コンビの方に移る。生徒会長のファンの人、ごめんね。

さて、その頃の信吾と龍之介は。
まだ戦っていた。

「ええいっ、数が多すぎる!」

そう、2人を襲う者は三宅香奈だけではなくなっていた。おそらく20人近くはいる。生徒や教師はもちろん、学食のおばさんや宅配業者のおじさんまで。より取り見取り、という状況である。

「何か違うと思うな」

まあ、男もいるからね。

「操られてるというより……乗っ取られてる感じだ」
「どこが違う?」

掴み掛かってくる無数の手を払い除け、信吾が言った。

「……操られた人間ってさ、目が虚ろなんだ。でも、こいつらは違う……別の何か、いや、誰かの目になってる」

信吾と背中合わせになっている龍之介も必死だ。信吾ほど戦い慣れていないので、かなりてこずっている。

「よく分かるな」
「男はともかく、女の子の目は1度見たら忘れないさ――いてっ……あんたの相手は鬼堂がしてくれるよっ、おっさん!」

突き飛ばされた宅配業者のおじさんが、何人か巻き込みつつ倒れ込んだ。それを見た龍之介が激しく動揺する。
おお、かすかでも罪の意識があったのか。
龍之介は素早くその場に駆け寄り、優しく助け起こした。

三宅香奈を。

………………………………。

「もう心配いらないよ……野性に満ちた君の瞳を、僕の愛で元通りに――」

ごんっ。

「いってーな!いきなり何するんだよ!」
「貴様は状況が分からんのか?そもそも乗っ取られている女性を口説いても無駄に決まっているだろうが!」
「――甘いな、鬼堂」

龍之介が髪を掻き上げつつ、ポーズを決める。

「何?」
「愛は何物にも勝るのさ……特に王子様の口づけは効果てきめん!」
「なっ……!」

【口づけ】
1.接吻、キスのこと。
2.愛の証
3.「手をつなぐ」という一時的接触をさらに推し進めた恋愛のカタチ。

「……な、何という破廉恥な……」
「照れるなって……俺たちは親友だろ?」

顔を赤らめる信吾に龍之介が詰め寄った。

「さあ、シンちゃん。勇気を出してレッツゴー!」

どげしっっ!!

「地面と接吻していろ!!!」
「……接吻だって……古臭い台詞」

呟きながら起き上がろうとした龍之介だが、動けなかった。

「げっ」

彼の周囲には、操られた――取り憑かれている可能性もあるが――人間たちが立ち並んでいた。いくつもの瞳が龍之介の体を射抜く。

「いつの間に……」

戦いの最中に漫才をしているのだから、当然である。
一方の信吾はといえば。

「……無念」

すでに捕まっている。

ずるっ。

龍之介はまた顔面をアスファルトにぶつけそうになったが、何とか堪える。顔は女性だけでなく、男にとっても命だ。

「何であっさり捕まってるんだよ!」
「貴様が余計なことばかり言うからだろう! ――ええいっ、離せっ」

もがいても暴れても、多勢に無勢。2人は地面に押しつけられた。

「こんな格好、愛美ちゃんには見せられないよ」
「彼女のことだ。面白がって顔に落書きするかもしれんな」
「――随分と余裕じゃな」

突然、居丈高な女性の声がその場に響き、2人は唯一動かせる頭を上に向けた。だが、押しつけられているせいか視界そのものが低い。
2人が見えたのは、赤いハイヒールと色っぽく組まれた脚。

「お、女……?」
「――美人だな。間違いない」

上品な笑いが響いた。

「面白い奴よ――身体を起こしてやれ」

女の命令に従うように、周りの人間たちは2人を引き起こす。やはり操られているせいなのか、多少強引だ。
しかし、それでようやく女の顔を見ることができ――龍之介は歓喜した。
美しい女性だった。年の頃は20代半ばだろうか、あふれるほどの色気を全身に纏っている。身に着けている服は赤一色。信吾が顔をしかめ、ついでに赤らめてしまうほど大胆に肌を露出している。

「妾の名は『女王』。『ありす』に導かれし者」
「……は?」
「2度言わねば分からぬか、愚か者め」

途端に不機嫌そうになった『女王』は赤い扇をどこからともなく取り出すと、龍之介の頭を叩いた。
なぜか、味わい慣れた痛みである。

「いってぇ〜」
「さて、この愚か者は放っておくとして……シンちゃん、とかいう名だったな。お前に聞きたいことがある」

信吾の眉がぴくりと動いた。

「1つ言っておく――俺は鬼堂信吾だ。2度とその呼び方をするな」
「ほう。ならば、鬼堂信吾。『ありす』はどこにおる?」
「……ん?」
「お前も愚か者か」

『女王』の一撃は信吾にも襲った。それほど早いものでもないのに、なぜか当てられてしまう。剣道部副主将の信吾からすれば、ちょっとした屈辱だ。
頭をさすっていると、龍之介が腕を引っ張った。

「なあ、彼女って……愛美ちゃんに似てないか?」
「うむ。顔は似てないが双子なのかもしれん」
「何をこそこそと話しておる」

ぴしっ、ぱしっ。

「ううう……前言撤回。愛美ちゃんの方がまだマシだ」
「それより、『ありす』はどこにおる!いい加減に話さぬと容赦せんぞ」

信吾と龍之介は顔を見合わせ、軽く頷いた。

「容赦しない、かあ。じゃあ俺たちも相手に合わせようか、鬼堂」
「そうだな。無関係な者たちを操っていた張本人がわざわざ来たのだ……探す手間が省けた」

その言葉を聞き、『女王』は顔色を変えた。

「ま、まさかお前たち……わざと捕まったのか?」
「愚問だな」
「あの状況なら普通そうするんじゃない?」
「ということは、あの漫才も芝居だったというのか?!」

んなわけねーって。
しかし、動揺した『女王』は正確な判断力を失っていた。傍目から見ても分かるほどにうろたえている。

「ああ、妾の馬鹿!ついつい出てきてしまったばかりに!」
「……なあ、鬼堂。どうする?」
「決まっているだろう」

落ちていた木刀を拾い上げ、信吾はごく平然と言った。

「話を聞いたら、反省房にでも入ってもらおう」
「なるほど」

その時だった。

腕時計が、かすかな振動を2人に伝えた。これは生徒会特製の通信機だ。持っているのは生徒会メンバーだけであり、そして。
通信が来たということは、事件が起こっているということだ。
自分たちの知らない場所でも。

「どうやら、話を聞いただけでは済まないようだな」
「やれやれ……デートもお預けか」
「あー!妾の馬鹿馬鹿馬鹿!この美しさに比例した行動的な性格が憎いっ!」

『女王』の叫び声を聞き流しながら。
2人は揃って、ため息をついた。
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