☆刀悟さんの呟き☆
第一章 願い事 悩みに変えた 流れ星

……やれやれ、また厄介な事になってしまったな。ここまでくると、諦めも すぐについてしまうが……ふう。

自己紹介をしなければならないな。俺の名は、三倭神刀悟。名古屋を守ってい る「草薙剣」だ。……そうだ、俺は人間ではない。人間が抱く想い――愛、憎悪、悲しみ、希望――それらが形を成して生まれた、もう一つの生命。俺も日本神話を介して集まった想いから命を得た。

かつてのように妖怪たちが潜める自然は少なくなってしまったが、逆に都会の生み出す影が多くなり、同族は人に紛れて生活するようになった。俺は名古屋市の熱田神宮の地下で千年以上暮らしている。仲間はたびたび「不健康だ」と 言っているが、病気にもかからず歳を取って死ぬ事のない妖怪に、その言葉は ひどく陳腐なのではないだろうか。

「……何、ぶつぶつ言ってんだ? 刀悟さん」
「銀河か」

ここ――熱田神宮の地下に存在する社。影宮と呼んでいる――に来ることができるのは、基本的に俺と同じ妖怪だけだ。
現れた少年、天堂銀河も「流星」という妖怪である。人間たちが流れゆく星に 願いをかける、その強い想いが彼を生んだ。実は一族を形成するほど数が多いらしく、銀河はその中では生まれたばかりの赤ん坊らしい。

「ちぇっ、せっかく顔を見せに来たってのにな〜」
「不要な心配だ。むしろお前が来ると、また面倒を起こしたのかと俺の方が不安になる」
「俺、面倒なんて起こしてないよ!」
「……ついこの間、警察に怪しまれて逃げ回っていただろう」
「あはは…………ごめん」

……素直に謝るのはいいが、それを経験を生かしてくれ――思わず出掛かった言葉を飲み込むと、俺は社の石段を登った。

「あれ、引っ込むの?」
「いや……茶と菓子くらいは用意してある。待っていろ」
「やっぱり、暇だったんだ」

得意そうな銀河を軽く睨み、俺は障子を開けて中へ入った。

こぽこぽこぽ…………。

「……で、ほうじ茶とせんべいか……」
「文句を言うな」

とりあえず黙りはしたものの、明らかに目が「爺臭い……」といっている。 仕方ないだろう。俺は千年以上生きているのだから、行動や嗜好も自然と老成されたものになる。妖怪の見かけの姿は老いることはない。が、心だけは時の流れの影響を受けてしまうのだろう。それも、人間に比べればきわめて微妙なものだろうが。

「そんな風に考えるもんなんだ」
「銀河には、まだ分からないだろうが……」
「まあね……俺が母さんの願いを叶えるために、お腹の赤ん坊と融合してから十五年。刀悟さんとじゃ年季が違いすぎるよ」

銀河はあっさり言っているが、これは驚くべき事だ。銀河の母…月夜の願いは 我が子の健康……ただ、それだけだ。しかし、たったそれだけの想いで「流星」を呼び、自らの胎内に宿した。下手をすれば自分の命にも危険が及ぶかもしれなかったのに。

「うちの母さん、しぶといから」
「……それだけではなかったのだろうがな」
「でも、時々思うんだけど……俺って、悪いことしたのかな? あれから色々あって、人が人を想う強さみたいなものを見てきたからさ……」
「……なるほど、それがここへ来た理由か」

案の定、銀河の体に緊張が走る。
実を言えば、銀河がここへ来ることは分かっていた。晶=クリスティー――優れた占い師であり、その正体も長年使われて意志を持った水晶球という妖怪――の予知能力のおかげだ。なぜここに来るのかは教えてもらえなかったのだが、これでようやく理解できた。

俺に銀河の悩みを見事解決させ、互いの信頼関係を強化させる――あるいは彼女のことだ。「地下でのんびりしてるんだから、少しは苦労なさい」とでも言いたいのだろう。

「……まったく、困ったものだ」
「え?」
「いや、何でもない……だが答えは既に出ているはずだ。銀河、お前が生きていることでな」

はっとしたように銀河が俺を見つめた。一瞬、笑顔と泣き顔が混じりあうが、慌てて顔を背けてごまかしている。
俺はその様子に笑みを浮かべながら、再び茶をすすった。

「……さあ、そろそろ家に帰ったらどうだ? 心配しているぞ?」
「刀悟さんも性格悪いよなあ……ホント、かなわないよ」

照れた風に頭を掻きながら立ち上がると、銀河は大げさに息を吸った。俺が素早く耳を塞ぐのと、ほぼ同時に。

「よおっし!!! これからも愛と正義と熱血するぞーっ!!!」
「……まったく……」

ここは地下。声が良く響くので都合のいい時もある。しかし、聞いている者の方が恥ずかしくなる台詞を叫ばれる時だけは別だ。
もう少し考えて行動しろ――それこそ流星に叶えてもらいたい願いの1つだと俺はつくづく思った。

……人の想いは、強い。時には自分の命すら無くしかねないほどに。だとすれば想いから生まれた妖怪たちにも、それほどの強さがあるのだろうか?
いや……死が永遠のものではない俺たちは、おそらくその強さを得ることができないのだ。
俺が人間たちを護っているのは、その想いの強さを見続けていたいからなのかもしれない……そして、銀河はそれを証明してくれる存在だ。

「刀悟さんも熱血しないと、ますます老化しちゃうぜっ!」

……たぶん……。

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