〜プロローグ〜

「大変なことになったわね……」

都筑ゆかりは腕を組んで、ため息を一つついた。
彼女の手には、数枚のレポート。表やグラフがいくつも描かれている。ここ最近の欠席率と、その原因が考察されているのだ。
ゆかりは蒼明学園高等部生徒会で、保健委員長を務めている。生徒たちの健康管理が、その主たる役目。そのため、普段は目立つ存在ではない。
それなのに、ここ最近は激務で有名な催事実行委員会に迫る忙しさだ。

「この蒼明学園で風邪が流行するなんて……」

有り余るほどの元気さ(と能天気さ)が売り物の学園なのだが。

「――ふぅ……それにしても、変ね」

ゆかりはもう一度ため息をつき――自分の思考が嫌な方向へ進んでいることに気づいた。
これもまた、何かの事件の予兆なのだろうか?
彼女は選挙管理委員長の江島愛美や風紀委員長の鬼堂信吾ほどではないが、裏生徒会や魔術師が絡む奇怪な事件に巻き込まれている。だが、2人のようには事態に順応できない。
しかし事態に順応できなくても、ある程度の耐性はついてしまったらしい。風邪が流行っているくらいで邪推してしまっているのだから。

「考えすぎなら、いいんだけど」

そう願わずにはいられなかった。事件になれば、また生徒会が動かなければならないだろう。それは怪人たちと戦うことを意味する。
そのことが怖かった。
戦うことが、そしてそれ以上に仲間が傷つくことが。

「……考えすぎであってほしいわ。もうすぐクリスマスなんだから……」

血塗られた聖夜なんて冗談にもならないと、ゆかりは思った。

「やれやれ……いつになっても仕事はなくならないものですね」

催事実行委員長・佑苑若杜はキーボードを打つ手を休めることなく、誰へともなく呟いていた。
委員会室は、彼に負けないくらい働く委員たちの熱気で暖房も必要ない。代わりにパソコンがフル稼働して、電力を貪っている。

「とはいえ、今年はそれほど大きいイベントもありませんし……何とかなるでしょう」

仕事に飽きてきても無駄口を叩く相手がいないので、自然と独り言になる。まさか委員長自らサボるわけにもいかない――ほとんど職業病ですね、と若杜は心の中でも呟く。

「しかし……何でしょうかね、この『今、日本を考える 〜各宗教におけるクリスマスの位置づけと解釈論〜』というのは」

ディスプレイに表示されているイベント名を読みつつ、思いきり顔をしかめる。どうも文科系――というか、非公認の宗教系クラブが発案したものらしいが。

「別に巫女さんがクリスマスケーキを食べたからって、キリストが八百万の神々に文句をつけに来るわけでもないでしょうに」

いい加減、クリスマスは単なるお祭りだと認めればいいのだ。少なくとも日本ではお祭りなのだ、と。そうすれば自分たちにかかる負担も少なくなるだろうに――多忙を極める委員長としては、当然の願いだ。

その時だった。

「――!?」

表示されていた文字が、かすかにちらつく。一瞬、若杜の目は何者かの姿を捉えた――ような気がしたが、再びディスプレイを見ても、そこには何の異常もなかった。

「……疲れているんでしょうかね」

そう結論づけると、若杜はキーボードを打つ手をさらに早めた。

購買委員長・叶圭一郎は瞳を閉じ、ショパンの調べに身を委ねていた。
彼の周りには、とびきり美しい女生徒ばかり。一説には圭一郎が選挙管理委員会の目を欺いて組織したのではないかと言われる委員たちだ。さすがに女性だけではないが、その比率と厚遇の差は言うまでもない。

「……間もなく、か」

不意に圭一郎は目を開け、立ち上がった。女子委員たちが一斉に彼を見る。まるで圭一郎の一挙一動を見逃すまいとするように。
痛いほど熱い視線を感じながら、圭一郎は(自称)優雅な足取りで窓へ向かい、豪奢なカーテンに手を掛けた。窓の外には、下校していく生徒たちの姿がある。カップルの姿も多く見られ、圭一郎は口元をほころばせた。
しばらく沈黙が続いた後、再び口を開く。

「恋人たちに祝福をしてあげたい……聖夜が近づくにつれ、不思議とそういう気持ちになってしまうのはなぜかな」

(自称)華麗に前髪を掻き上げ、腕を組む。その様子に女子委員たちは頬を赤くして、見入ってしまっている。

――そうか。

少し考え、心の隅に引っ掛かっている事柄をようやく見つけだした。
風紀委員長・鬼堂信吾。彼はある事件をきっかけに、紫典美咲という少女を気に懸けているようだった。しかし無類の堅物である信吾に、自分のような手腕を求めるのは不可能に近い。

――聞けば美咲さんも内気な少女らしいし……2人の未来のためにも、この僕が一肌脱ぐ(比喩表現)しかないようだね。

今、圭一郎の頭の中で(彼からすれば)素晴らしい計画が生まれつつあった。
……この先の未来(シナリオ)に大きな影響を与える、計画が。

「――くしゅん!」
「鬼堂さん……風邪引いたんですか?」
「いや、誰かが噂しただけだろう。健康には気をつけているからな……その、君の体に障るといけないし――あ、いや……むぅ」

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