〜 エピローグ 〜

「無茶をなさいましたな」

執事風の出で立ちをした老人が、窓際に立った青年に言った。
責めるような口調ではなかった。むしろ、青年のことを気遣っているのが分かる。

「……<愚者>は?」
「消滅は免れましたが……しばらくは動けないものかと」
「そうか……」

タキシードにシルクハット、右手にステッキ――奇術師の姿をした青年の答えに、悲しみの色は濃かった。

彼の名は魔術師。22の魔宝を操り、蒼明学園で<奇跡>を起こす者。

「……なぜ、あのようなことを?」
「何のことだ」
「紫典美咲嬢を助けたことです」

影浦がためらいながら、尋ねる。

「彼女は死すべき人間でした。それをなぜ、<愚者>を消滅の危機にさらしてまで救ったのですか」
「生徒会メンバーがあまりにもうるさかったからな……やむなくだ」

魔術師の声には、力がなかった。自分でも嘘だと気づいている。
長年彼に使えてきた影浦には、容易に理解できた。

「……江島愛美嬢――ですな」

ぴくりと、魔術師の肩が揺れる。

「坊っちゃまがあの方を気にかけるのは分かります。私も調査していて驚きましたからな……ですが、我ら<魔宝>は坊っちゃまを護るためにお仕えしておるのですよ」
「どうしろというのだ」
「――冷静にお考えください。<奇跡>をなすまで、<魔宝>を欠けさせるわけにはいかない……坊っちゃまはそう――」
「分かっている」

先程よりは落ち着いた様子で、魔術師は振り返った。
そして、小さく微笑んだ。

「すまんな、影浦……お前にはいつも迷惑を掛ける」
「慣れておりますよ――私の『原型』も坊っちゃまに手を焼かされたのでしょう?」
「まあ、そうだがな」

『原型』――魔宝の人格は全くの無から創られたのではない。彼らは元となる人物、つまり『原型』の性格・嗜好など様々な点で影響を受けているのだ。

「22の魔宝……22年前に集まった、22人の同胞たち。あの時から、すべては始まったのだな……」
「……はい」

何かを噛み締めるように、影浦が頷く。

「それにしても、皮肉なものだ。江島愛美だけではない……生徒会メンバー、彼らは何も知らないでいる……過去の事実を」
「封じられた歴史です。彼らもいつか知ることにはなるでしょうが……」
「その事実を知った時、彼らは私をどう思うだろうな」
「やーんっ」

突然扉が開き、少女――魔宝<月>の月子が駆け込んできた。そして、それに遅れて1人の少年が顔を出す。

「待ってよ、月子ちゃん」
「しつこい男は嫌われるんだから!」

べーっと舌を出しながら、月子は魔術師の足にしがみついた。

「魔術師、あいつを追い出してよ」
「ひどいなあ」

少年はさほど傷ついた感もなく、頭を掻いている。飄々とした雰囲気が敵意を逸らしているかのようだ。

「いい加減にしろ、紀家霞。あまりうろつくなと言っておいたはずだぞ」
「ごめんごめん。でも、月子ちゃんの力をどうしても知りたくてさ」

報道委員長・紀家霞。彼は今回の件に巻き込まれ、魔術師との邂逅を果たしている。

「――ねぇ、魔術師」
「何だ?」

霞は少し視線をさまよわせつつ、言った。

「大丈夫だよ。生徒会のみんな、性格に多少問題はあるけどさ……」
「――盗み聞きをしていたな、紀家霞」
「あははは……」

ごまかし笑いを浮かべる霞に対し、魔術師はため息だけを返した。

「みんな、分かってくれると思うよ」

だが。
待ち受けている未来を知ってなお、霞がその言葉を再び告げることができるのか。

「楽しみですな……」

影浦の笑みは闇に消えた。

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