〜エピローグ〜

「あふぁ……」

登校途中、有子は一つあくびをした。天気は快晴。小鳥もさえずり、何とものどかな朝である。とても、あんな大騒ぎのあった翌日とは思えない。

「あったかいなぁ……」

眠たくなってしまう。……うとうと……。

「おはよう、有ちゃん!」
「ふひゃっ!」

驚いて振り返ると、すぐ後ろに、同じく驚いた顔の河合ゆり子が立っていた。

「あ、有ちゃん。今、歩きながら寝てなかった?」
「うっ、ううん! 寝てない寝てない!」

と言いながらも、思わず口元を拭ってしまう。その仕草を見てクスクス笑っていたゆり子だったが、急にうつむき、沈痛な面持ちで有子を上目遣いに見た。

「有ちゃん、昨日は……本当にごめんね。」
「いいのよ。ちゃんと解決したもの。気にしないで。」
「でも、……」

ゆり子の肩を、有子は優しく叩いた。

「本当に気にしてないの。気持ち、分からないわけじゃないから。私、てっちゃん好きだもん。……それより、ゆりちゃん大丈夫? 学校から、何か罰を受けたりしない?」

ゆり子は、淋しそうに小さく頷いた。

「……そのことで、今日、生徒会室に出頭しなきゃいけないの。もしかしたら、もしかしたら……もう、有ちゃんに……会えないかも……しれ……ない……。」
「だっ、大丈夫っ! もし、何かあったら、私が弁護するから! ゆりちゃんの罰、少しでも軽くなるように頑張るから! だから、泣かないでいいの! 泣かないで! ねっ! ねっ、ねぇ……っ……えぇ……」
「……! ちょ、ちょっと有ちゃん! 大丈夫。私なら大丈夫だから! 心配ないから! ね、泣かなくていいんだよっ。ねっ!」(どーして私が慰めてるの?)

だって、有ちゃんだもの。

「はぁぁぁぁぁ……」
「こら、坂本! 手が止まってるぞ!」

16番コンテナの汚れた床にモップがけをしている勇太を、宗祇が一喝した。勇太はビクッと身体を固くし、止まっていた手をシャカシャカと忙しく動かし始める。重く沈んだ表情で、絶え間なくため息をつきながら。

「はぁぁぁ、何でこんなことに……。」
「何をふざけた事を言っているんだ。コンテナの鍵を盗み、先日の騒ぎの片棒を担いだ罪が、コンテナの清掃と整理くらいで許されるなら、安いものだろうが。」

宗祇はつまらなそうにフンと鼻を鳴らした。

「監督役を押しつけられた俺の方がいい迷惑だ。」
「何を偉そーなことぬかしてんだよ!」

開いていたドアから、ホウキを持った天草が顔を出した。

「コンテナの管理っつったら、お前ら生活委員の仕事だろ? ちっ! 何だって俺みたいな高貴な人間が、コンテナの掃除なんか!」
「演劇部の使ってるコンテナがひどく乱雑だったのでな。ついでに整理させることにした。喜べ、お前を代表に選んでやったんだ。」
「余計なお世話だ!」
「それに、お前が掃除をしている新鮮な姿に惹かれる女性もいるかもしれん。」
「さ〜て、お掃除お掃除。」

天草はそそくさと、かっぽう着を身につけ始めた。

「……どこから出した? そんなもの。」
「いやあ、高貴な人間は、常に備えを忘れないものさ。それじゃ♪」

天草は楽しげに歌を口ずさみながら、受け持ちのコンテナへと戻っていった。

「♪錆びついたナイフが臓腑をえぐるぅ〜♪」

……かっぽう着でデスメタルか……。

「あの〜、宝生院先輩。13番コンテナの整理、終わりました。」

今度は、河合ゆり子が顔を出した。彼女もまた、坂本と同様の強制労働を強いられている。しかし彼女は、この処分に不満を持っていなかった。下手をすれば退学になりかねないことをしでかしたのだ。それを考えれば、生徒会長の慈悲に感謝すべきだろう。そして、必死になって弁護してくれた有子にも。そのことを考える度、ゆり子の胸の中に、暖かいものがフワリと広がった。

「ああ、そうか。だったら、この坂本を手伝ってくれ。」
「……はい。」

並んで一緒に掃除を始める勇太とゆり子。しかし、二人の間には沈黙しかなかった。その沈黙に耐えきれず、勇太が口を開いた。

「あ……ゆり子ちゃん?」

無言。

「こないだのこと、反省してるからさ……。」

無視。

「……反省してるって言ってるだろ!」

勇太の手が、ゆり子の肩に伸びる。
その時だった。

がぶっ!

ゆり子の胸ポケットから飛び出したアルジャーノンが、勇太の手にしたたかに噛みついた。

「いっでええええええええっ!」
「うるさいぞ、坂本! 真面目にやれ!」

ぎちいっ!

粛正の腕ひしぎ逆十字固めが、完璧に決まった。

「ぴぃああああああああ!」

……自業自得とは言え、哀れな……。
合掌。

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