「……ふぅ……。」
デスクトップ型パソコンのディスプレイを眺めながら、選挙管理委員長・江島愛美は我知らず、ため息をついていた。
ここは高等部生徒会本部。学園の地下に建造された、言ってしまえば秘密基地である。
「――どうかしたのか? 江島くん」
何かの書類に目を通していた鬼堂信吾が振り向いた。
その声には心配しているというより、驚きの色が濃かった。
「ちょっとね」
「この間の事件のことか」
「断定してるってことは、鬼堂くんも?」
「……ああ」
いついかなる時でも厳しい表情を崩さない信吾の顔がさらに引き締まる。
辣腕で知られる風紀委員長の顔だ。
「<魔術師>……"黒仮面"……そして"裏生徒会"か。人を馬鹿にしたような連中だな」
「でも、実際にあの事件は起こった」
二人のいう「事件」とは、一週間前に美術部長の絵が破損されたことから始まった、奇妙な出来事を指している。
自意識を有するロボット、"黒仮面"。
<奇跡>を起こすと宣言し、不思議な力を振るう謎の男、<魔術師>。
そして、"黒仮面"を操っていたという組織、"裏生徒会"。
すべては謎に包まれ、彼女たちの知る事実はあまりにも少なかった。
「この学園にあのような不穏分子がいたとは……本来なら腹を切って詫びねばならんだろうな」
「えぇっ? 鬼堂先輩、盲腸になったんですか?」
素っ頓狂な台詞が不意に飛んできて、信吾の身体がずるっと傾く。
「あの、あの……だいじょうぶですかぁ?」
「もう、有ちゃんったら」
泣きそうな瞳で鬼堂を見つめる永沢有子に、愛美は苦笑した。
「鬼堂くんのいつもの台詞よ。そんなに気にしないの」
「あ……はい」
すぐにしゅんとしてしまう有子。彼女は一年生で図書委員長に大抜擢されたのをプレッシャーに感じているらしく、落ち込むと際限がない。
「信吾くん、そう簡単に腹を切るなんて言わないでよね。命を粗末にするのは許さないわよ」
やや厳しい声で言ったのは、保健委員長の都筑ゆかりだ。艶やかな黒髪をポニーテールにまとめ、淑やかな雰囲気を持つ彼女だから、声を荒げると意外に怖い。
案の定、信吾は何とも言えないようだ。
だが。
「いいんじゃないの? そんな堅物いてもこっちが肩凝るだけだしさ」
「天草! それはどういう意味だ!」
茶髪に十字架のピアスという、信吾の嫌悪する要素を二つも持った少年――清美委員長の天草龍之介は、有子の背後から顔を出して、薄く笑みを浮かべている。
「そのまんまの意味さ……なあ、有ちゃん」
「え? あ、あの、そのぅ」
「ふっ、言わなくても分かるよ。君の心には俺への愛が詰まっているからね」
さり気なく彼女の両肩に手を置き、耳元で甘く囁く。
生徒会一のプレイボーイと異名をとる、龍之介の常套手段だ。
「……貴っ様ぁ! 何という破廉恥な!」
「羨ましいのかな、信ちゃん?」
信吾と龍之介――まさに犬猿の仲である。
しかし。
パンッ! パンッ!
愛美の扇子が素早く二人の頭を打った。
「いい加減にして」
「……す、すまない」
「ちっ。愛美ちゃんの頼みじゃ仕方ないよな」
ようやく落ち着いたところで、有子が全員の顔をぐるりと見回した。
「……あの〜、何の話をしていたんですか?」
ほとんど全員が、身体をずるっと傾けた。
「ふぅん……なるほどね」
龍之介が納得した風に何度も頷いた。
「けど、理事会によくそんな報告書を提出できたね」
「いいのよ。事実なんだから」
愛美の口調は素っ気ない。
「私たちのような人間がいるんだから、他に何が出てきたって驚くことはないわ」
「それはそうなんだけど……」
ゆかりはまだ半信半疑らしい。ちらっと、信吾と有子に目を向ける。
黒仮面の件に関わった他の二人の意見も聞きたかったのだ。
その視線に応え、まず信吾が口を開く。
「俺は……俺は江島くんのように完全に受け入れることはできんな。少なくとも、奴らの正体が分かるまでは。」
「私……よく分からないけど……ただ……」
「ただ?」
「愛美先輩……楽しんでませんか?」
彼女の言葉に全員が反応する。
そう、愛美は苦難とか危機に陥るほど燃える性格だ。向上心が旺盛なのだろうが。
「……江島くん、妙なことを考えないでくれよ」
信吾の珍しく不安げな声。
「分かってる」
そう言いながら愛美は心の中で微笑んでいた。
久しぶりに、自分を高められる気がする。
――新たな<奇跡>……待っているわよ、<魔術師>。
私を楽しませてね……。
そして、その願いはすぐに叶えられた。
© 1997 Member of Taisyado.