第8章 覚悟
吸い込まれるように薙刀が胸に突き立とうとしたその時、
がっ。
横合いから手が伸びた。
柄をがっちりと掴んだその手は、沖田の手前5センチのところで薙刀を止めていた。
がらん、と音を立て、薙刀が地に転がる。
「まったく、凝り固まったやつと言うのは始末に悪い」
そう言って、ふん、と鼻を鳴らしたのは、今まで治療を受けていた宗祇だった。
「あ、あの……」
おずおずと宗祇に声をかけようとした沖田を一瞥し、
どかっ!
ものも言わずに後ろ蹴りを見舞った。みぞおちを強打され、声も出せずに転がる沖田。
「余計なことをしたら蹴り飛ばすといったはずだ」
一顧だにせず、宗祇は歩を進める。
「宗祇くん……」
その紀家の声に、宗祇は少しばつが悪そうに苦笑した。
「すまん。みっともないところを見せたな」
頬に残る血のりをぬぐい、宗祇はまっすぐに武村に向き直る。
武村もまた、腫れた顔で宗祇を見据えた。
「……死にぞこない……」
「お前の覚悟とやらは見せてもらった。今度は俺の番だな」
宗祇が走る。武村が迎え撃つ。
武村の右腕がうなりを上げて振るわれたが、宗祇はそれをかいくぐる。武村は肉薄する宗祇に向かい、さらに左腕をぶつけに行ったが、
「ぐぅっ……」
武村の体勢ががくりと崩れた。宗祇の頬に、新しい血しぶきが貼りつく。
武村の右脚にナイフが突き立ち、動脈特有の明るい赤色の血が噴き出していた。
踏ん張りを失い、上体が前へ流れる。
宗祇は武村の右腕を取り、一気に巻き込みつつ跳ね上げた。
柔道の投げ技で言う内股であるが、本来背中から落とすところを、宗祇は自分ごと倒れこむようにまっすぐ頭から落としにかかった。
垂直に頭から落とされれば、下手をすれば首が折れる。
そうでなくでも頚椎が上下に詰まり、後に首から下が麻痺するなどの重大な障害を残しかねない。
紀家の背に冷や汗が滲む。
宗祇は、彼らがためらっていた一線を、既に越えてしまっている。
「うぐおおおお!」
武村が自分を支えようと手を伸ばすが、二人分の体重を支えられるはずもない。突いた腕を不自然な方向に曲げながら、落下は続く。
どがっ!
鈍い音。
しかしそれは落下に伴う音ではなかった。飛び出した佑苑が、武村の腹に飛び蹴りを見舞っていたのだ。
武村の下半身はさらに前方に流れる。
ドン、という音とともに、武村は背中から落下した。
受身など取れようはずもない。ほぼ二人分の体重を加速とともに一身に受け、わずかなうめき声の後に武村が動かなくなる。
身を起こした宗祇は、心なしかムッとしながら佑苑を見た。
「余計なことをしてくれる」
「あなたの無茶よりはマシですよ。下手すれば死にかねない」
「そちらが手こずっているからだろう。とっとと片付けていればこんな無茶をすることもない」
「すぐに脱落した人が言うセリフですか?」
「何を……ッ!」
顔に朱を走らせた宗祇が、佑苑を突き飛ばした。
しかしそれは、怒りに任せた行為ではない。
空いた空間を、ナイフが切り裂いていく。
「うおおおおおっ」
獣めいた声を発しながら、武村が起き上がろうとする。
脱臼した肘で体を支え、無事な右手で引き抜いたナイフを振り回す。
まだ続くのか、と、皆が思ったその時、武村の動きが止まった。
「もう、これくらいにしようじゃないか」
いつの間にか、傍らに叶が立っていた。
その右手が握るのは、青白い光の束。
それはまっすぐに武村の頭を突き貫いていた。
「あ……」
武村が、ぐるりと白目を剥く。ナイフが手から離れ、今度こそ、武村は倒れた。
「君は強かった。尊敬に値するほどにね……」
叶の手から光が消えた。
精神剣。
肉体を傷つけるのではなく、相手の体力を、気力を削ぎ落とす叶の異能力である。
「叶くん、君、狙ってたね?」
苦笑しながら言う紀家に、
「さあ、ね」
叶はとぼけて見せた。
「ほら、どいてどいて!」
と、叶を押しのけたのは愛美である。そこに、ゆかりと有子を招き入れる。二人は、早速武村の治療に当たった。
とりあえず、太ももの出血だけでも止めなければならない。
「とりあえず、無事に済んだわね。一時はどうなるかと思ったけど」
ちらり、愛美は宗祇を見る。
宗祇は何も言わずに顔を背けた。
「そうだね。とりあえず一仕事すんだ、かな?」
ふう、と息をついた紀家に、あらぬ方向から声が飛んだ。
「一仕事すんだ? おめでたいな。これからが本番だってのによ」
一同の表情が凍った。
いつも聞きなれていながらも、この場ではありえないはずの、声。
「龍之介……くん…」
コンテナ施設の非常口。その傍らに、彼はいた。
「俺だけじゃあないぜ」
ぐい、と足で非常口のドアを開ける。
ドアの奥。
闇の奥。
小さな緑の光。
小さな赤い光。
がしゃん、という金属音を響かせて、それは現れた。
的場は言う。
「終わりにしましょう、今夜でね」
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