とある日の三陵

もうすぐ昼休み。だが三陵の姿が見えない。

「……おなかすきましたぁぁぁ、とか言ってるはずなんですけど」

今日は仕事納め。
所内では、作業の手が空いているメンバーが大掃除をしており、もちろん三陵もどこかを掃除しているはずだ。

自席の下、お手洗い、更衣室、給湯室、応接室。
テレビ会議用の個室、防災倉庫、地下駐車場、ヘリポート……。
どこを探しても見つからない。

ため息をつきながら席に戻ると、課長から声がかかった。

「風姫、今日は早いな」
「おはようございます。月山課長、三陵、みませんでしたか?」
「あぁ、今日は、そうか……。三陵お嬢はまだ戻ってきていないのか?」

朝に弱い風姫がこの時間に出社したのは「仕事納めの日は一緒にお昼に行こう」と三陵と約束したからである。課長だけでなく、同僚全員が知っているほど楽しみにしていた約束を、三陵が自分の意志で放棄するとは到底思えない。

「えぇ、きっと朝から掃除をしていると思いますが」
「あぁ、朝、出社したら張り切って掃除していた」
「……もしかして……」
「早朝から出社していたと思われる」

頭から音符を出して掃除している姿が目に浮かぶようだ……。

「風姫、休憩室は確認したか?」
「休憩室ですか? そういえば、そこがありましたね。でも、三陵の性格的に休憩室に入るかしら……」
「あそこには畳があるからな。二度ぶきするとなると俄然やる気になりそうだ。」
「確かに。」
「それに……」

月山は苦虫を噛み潰したような表情で答えた。

「今日午前中に、炬燵が届くことになっている。」
「重要な情報ありがとうございます。でも、なぜ炬燵を?」
「……冬は寒いから、だそうだ……」
「なるほど……それは、大変ですね」

風姫は顔中に笑みをたたえて続けた。

「剣ちゃん♪」

苦虫をかみつぶしたような顔をした課長を確認して、風姫は休憩室に向かった。


「三陵、いるの〜」

特に返事はない。
目の前には、真新しい炬燵。
円形の机に綿がしっかりつまったグレーのこたつ布団がかかっている。

「これ、電気入ってるのかしら? ひゃっ」

風姫が布団に手を入れると、指先に何やら柔らかいものが触れた。

「ちょっ、もしかして!」

勢いよくこたつ布団をめくると、

「すぴー」

頭の先までまぁるくなった三陵が、炬燵の赤い光に照らされていた。

「三陵、起きて、おはよう、起きて!?」

いつも冷静な風姫にしては、少々気が動転しているようだ。

「ん、んんー」
「ほら、三陵。もうお昼よ?」
「ん、へ、ん、あ……お昼。。。今日は風姫さんとお昼に、行く……」
「そうよ。三陵。」

返事があったことに安心し、炬燵から離れて、ぬるま湯を作る。

「ん、んんー。あ、風姫さん! おはようございます」
「おはよう。はい。飲みなさい」
「ありがとうございます。」
「炬燵は暖かかった?」
「はい! 肩が冷たかったら、中にもぐって寝てて構わないよって言われたので、丸まってたらあったかかったですぅぅぅぅ。」
「それ言ったのは、もしかして……」
「岡崎さんから聞きましたですぅぅぅ!」
「……三陵、風邪をひくから今後はこたつに潜っちゃダメよ。」
「そうなんですね!」
「……ゆっくりそれ飲んでなさい」
「はいですぅぅぅ」

風姫は1つため息をつくと、携帯を取り出した。

「いやぁ、珍しいねぇ。風姫から電話なんて。何、俺とのデートの約束? 風姫ならいつでもオッケーだよ?」
「……岡崎くん。」

一切を無視して、ただ冷たく呼びかける。

「三陵に何言ったの」
「え? みくちゃん?」
「何を言ったの?」
「い、いや、俺はさ……みくちゃんが寒いっていうからさぁ……」
「三陵にいい加減なこと言っちゃだめだって言ったでしょ! 三陵は純粋培養なんだから!!」
「じゅんすいばいよう?」
「……三陵は何も気にすることないのよ? ねぇ、岡崎くん?」
「な、何かな?」
「三陵も私もお昼食べそびれちゃうのよね。近くの料亭でテイクアウト弁当買ってきて頂戴」
「え、俺が?」
「そう、あなたが。あなたのおごりで」
「今日はこたつでお弁当なんですね!」

心底楽しそうに三陵が手を打つ。

「お弁当楽しみですぅぅぅ。」
「聞こえた? 三陵も楽しみにしてるから。あ、あと、アイスもよろしくね」
「アイス!?」
「こたつと言えば、アイスかみかんでしょう?」
「そうだけどさぁ……。こたつにアイスかぁ。しょうがないなぁ……。でも、アイスはさぁ。みんなで食べた方がおいしいし、課長に任せていいかなぁ」
「アイスの費用の出どころは問わないわ」
「風姫さん、冬なのにアイスですか? 三陵おなか壊しちゃいそうですぅぅ……」
「こたつに入っておなかも温めて食べるから、食べ過ぎなければ大丈夫よ。」
「こたつでアイス……♪」
「じゃ、三陵、アイスも楽しみにしてるから、よろしくね」
「OK。剣ちゃんにアイス頼んでから弁当買っていくよ〜」

想像通り、頭の上に音符が表示されている三陵を眺めながら、風姫は電話を切った。

その年、月山課の納会は「課員全員でこたつに入ってアイスを食べる会」となったという。

キャラクターシートへ 退魔鬼行へ イラストへ

© 1997 Member of Taisyado.