キャラクター紹介 江島委員長

ここは……。

不審な人影を追いかけて、地下に迷い込んでしまったようだ。

「慣れないところで余計なことをするもんじゃないわね……」

出した自分の声に驚き、慌てて辺りを見回す。

―― ちょっと無茶したかしら?

夕方4時を少し回った辺りにしては、やけに薄暗い。
両側の壁は打ちっぱなしのコンクリート。
前を見ても同じ風景、振り返ってもまた同じ。

―― 確かまだ高等部の敷地からは出ていないはず……。

少女は入学時にもらった校内案内図を頭の中に思い浮かべた。

―― てことは、地下には倉庫だけ……じゃないってことか。

少し慎重に一歩前に進む。
と、前方に一つ明かりが灯る。

―― 誘ってるの? ふふ、面白そうじゃない。

自分の中で鳴る警鐘を、抑え込むことは不可能だった。
いや、警鐘も「鳴るだけ無駄だ」と分かっていたに違いない。
危機に陥ることを楽しんでしまうのが彼女なのだから。

―― 念には念を、ってね。

「雪華!」
「……どないしました、ご主人は〜ん♪」

出てきたのは白狐。
なぜ「えせ関西弁」を話すのかは、一族の中でも不可解な謎だ。

「特に何かあるわけじゃないけど、ちょっと気になってね。」
「こっち引っ越してきて、少し寂しかったんちゃいます?」
「こらっ!」

笑いながら少女は雪華を抱える。

「さ、行くわよ♪」

その言葉に、雪華がぴくっと震えた。

*************************

しばらく歩き、何個目かの扉が開いた。
中に入るととにかく広い空間。

―― 特に何もない部屋……!?

奥に見えるかすかな光。その光は私が近づくにつれて少しずつ形をとっていた。 30代後半の優しそうな男性の姿を。

―― そんな、そんなはずは……

「……まな、み、なのか……?」
「パパ、パパなの?」
「淋しい思いをさせてすまなかった……愛美」

愛美の頬を一筋の涙が伝った。

「パパ!」
「ご主人はん! 離しておくれやす。」

愛美は雪華を離して駆けだそうとした。だが、雪華が愛美の足にしがみつき、全身で逆方向へ引っ張り続ける。

「雪華!?」
「ご主人はん、……少しだけ、考えておくれやす……。」
「え、え、え、ええーーっ!?」

<愛美!!>

「パパ!?」

辺りを見回したが特に他に誰かがいる様子はない。

「どうしたんだ? 愛美……」
<パパは、いつも愛美と一緒にいる。そうだろう?>

そう、パパはいつも私の心の中にいる、ずっと。でも、でも!

<いつか、きっと会える……その時を楽しみにしてるよ、愛美>

「あっ!!」

もう少しだけ、と願う愛美の思いむなしく、彼女は自らの力でパパを消した。

ぜほっ、ぜほっ、ぜほっ、ぜほっ。
床に手をついてせき込む愛美にのると、雪華は黙って尻尾で背を撫でていた。
どれくらいたったのだろうか。ふと、床を見つめる愛美の前が暗くなった。

「誰!?」
「お疲れさま。江島 愛美さん」

愛美は、身を堅くした。

「怖い声なのも無理ありませんね……初めまして。僕は朱凰克巳、と言います。」
「高等部生徒会長……ぜほっ、ぜほっ」
「まだそう決まってはいませんが……。しまったな、こんな副反応があったとは……大丈夫ですか?」

差し伸べられた手を払いのけながら、愛美は内心舌を出した。

―― ただものじゃないわね。コイツ。

「ここではなんですから、場所を変えましょう。歩けますか?」

―― どうせ、このままでは出られないしね。

落ち着くための時間をもらった後、克巳に連れられ、愛美は歩き出した。着かず離れずの距離で雪華もついてくる。
しばらく歩くと、会議室のような、監視センターのような場所に出た。

「ここは高等部生徒会の地下本部です」
「地下、本部?」
「単刀直入に言います。あなたのその力――<アンチ・サイ>と妖力を貸していただけませんか?」
「ご覧になっていらっしゃったようですが、私の<アンチ・サイ>は制御不能です。また、副反応もあります。場合によってはお力になるどころか、ご迷惑をおかけするでしょう。それでも必要となさるのですか?」
「構いませんよ。慣れてくれば副反応が消えることも十分に考えられますし」
「これもまた、必然、か……」
「?」

―― 眉目秀麗な人は、憂い顔もまたきれいなものね……

若干場違いな感想を抱きながら愛美は告げた。

「承知しました。この力が誰かのためになるのなら。」

必要とされている……それだけでよかった。
彼女を動かすにはそれで十分だ……たとえ、何が理由であったとしても。

「ありがとう、愛美ちゃん! ようこそ、蒼明学園高等部生徒会へ」
「……え?」
「この呼び方は気に入らなかったかな?」
「い、いえ。」
「それなら良かった。愛美ちゃんには、ぜひ選挙管理委員長をお願いしたいんだ。」
「……わかりました。でも、委員長に立候補はしません。なので、任命して下さい。克巳会長。」
「さっすが♪ 僕の目に狂いはなかったね。呑み込みが早くて助かるよ! 文書は後で発行しておくけど、もう今からでも活動は可能だから」

出された右手を握り返した後、愛美は尋ねた。

「しかし……なぜ、父を??」
「心の傷をえぐるような真似をして、本当に申し訳ない。」

机に頭をこすりつけるように克巳は頭を下げた。

「いえ、そこまでは……」
「ありがとう。」

克巳が端麗な顔をくしゃっとほころばせる。

「愛美ちゃんとお父様との繋がりは、とても強い絆だ。でも、その強さゆえに愛美ちゃんの最大の弱点ともなりえる。だから、非礼を承知で試させてもらったんだ。」

本当に申し訳ない、と克巳はまた頭を下げる。

「でも、愛美ちゃんはそれを乗り越えた。それは必要であれば強くあることができる人だ、ということさ」

******************************

事務的な説明を聞いた後、愛美は寮に戻った。

「でも、そうなのかな。私は強くない……。あれがパパでなければ……パパが力を貸してくれた……だから……」

<……これもまた、必然。>

愛美は部屋を見回したが、もちろん誰もいない。

「とにかく、目の前にあることをやるしかない、ってことね」

答える声はもうなかった。

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