「――いかがでしたか、ダンス・パーティーの方は?」
「そこそこは楽しめた」
魔宝の1つにして執事である影浦の問いに、魔術師はぶっきらぼうに答えた。悪印象を与えかねない態度だが、彫りの深い顔立ちの老人は笑みを浮かべていた。
青年の態度が表面的なものであることを、知っていたから。
「生徒会の皆さんの心痛も、少しは和らいだことでしょうな」
「死んだ者のことなど忘れて、色恋沙汰に騒いでいたぞ。まったく、呆れた連中だな」
魔術師は乱暴な動作で、椅子に腰を掛ける。
「そうおっしゃらずとも……彼らも決して忘れたわけではないでしょう。しっかりと直視するには、あまりに悲しい出来事でしたから」
「分かっている」
そして、その話は打切りだと言わんばかりに、懐から銀色の球体を取り出した。野球のボールほどの大きさがあり、表面には複雑だが一定の文様が刻まれている。さらにその一部にはレンズが取り付けられており、まるで眼球のようにも見えた。
「今回はこれに助けられたな」
「裏生徒会の幻影発生装置ですか……保管し、改良しておいた苦労が報われました」
影浦が苦笑する。
「ですが坊ちゃま。今回の件は幸運だったと思いますよ。次からは自重してほしいものですな……まあ、難しいかもしれませんが」
「……影浦、何が言いたい?」
魔術師の怒りにも怯えることなく、影浦は言葉を続けた。
「坊ちゃまには<奇跡>を起こしてほしくはないのです……愛する人を見つけたのなら、その方と普通の人生を送ることも、今ならまだ――」
「影浦!」
激しい叱責の声が飛び、影浦の全身がかすかに震える。
「もういい、影浦。それ以上は言うな」
シルクハットを机の上に置くと、彼は椅子を反転させ体を窓に向けた。老人から目を背けるためなのか、それとも。
「……申し訳ございません。言い過ぎました」
「構わん。それより……どうだ、計画は?」
「ほぼ予定通りに進んでおります。このままいけば、<運命の輪>の予言より早く始められるかもしれません」
「そうか……」
魔術師は昂ぶる気持ちを抑えるために、右手を強く握った。皮膚に爪がえぐり込み、血が滲んでくる。
――痛みも感じないか……この姿の時は。時間は……残り少ない。
だが、そんな想いを飲み込み、彼は告げた。
「もうすぐだな。すべての始まり……<界新>の時は」
<驚いたね>
無邪気ともとれる、少年の声が響いた。
<意外にできるね、生徒会メンバー>
<そして、あの男――魔術師。恐るべき相手です>
冷静な口調の少年が、静かに語る。
<我々と同じ技術をもつ存在……まさか17年前の生き残りが、他にも?>
<そう判断するしかないでしょうね>
新たに、少女の声が交じる。
<信じられません……あの技術を継承する者は、確かに抹殺されたはず>
<けれど、あの<魔宝>は――間違いなく『E理論』を基に創られたもの。『私』たちと同じ――>
<うるさいなあ>
幼い声が荒げられる。
<そんなの、どうだっていいことだよ。魔術師の正体はもう掴んでるんだから>
<……本当ですか!?>
<僕には分かるよ……僕だけには、ね>
心の底から愉快そうに、少年は笑い声を上げた。
<そっかあ、生きてたんだ。生きて、17年も無理してたんだね――<奇跡>とやらを起こすために……無駄なことを>
自信に満ちた声が空間中に響き渡る。
<それにしても、邪魔だね。生徒会メンバーは>
<あまりに計算外の動きが多すぎます>
<魔術師と接触を強めているのも気掛かりだわ>
わずかに、3人は沈黙する。
<――生徒会メンバーを潰せ――>
また、新たな声がその場に降り注いだ。老いを感じさせる、男の声。
<彼らは17年前の遺産を受け継いでいる子供たちだ――このままでは厄介な存在になる――生徒会メンバーを潰せ――>
<……ふふ、ご老体は気が短い。どうする?>
<まずは私に任せてもらいましょう。『官職』の基となる人物は見つけてあるわ>
女が間を置かず、言った。
<へえ、相変わらず動きが早いね、『左近』>
<ならば、一番手は彼女に>
<――いいよ。で、誰を狙うんだい?>
少年の問いに、女は甘い声で囁いた。
<風紀委員長――鬼堂信吾。彼が最初の標的よ>
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