第4章:LABYRINTH
〜シリアスと漫才の狭間に〜
「ああ、妾はついに囚われの身! けれど、どのような辱めを受けようとも――!」
「人聞きの悪いことを言うなっ」

鬼堂信吾が若干顔を赤らめつつ、『女王』を叱った。
なぜ彼が赤面しているかというと、答えは簡単。『女王』が彼に抱きついているからだ。

「シンちゃん、本当は嬉しいくせに」

彼の隣にいる天草龍之介は、逆に不満そうだ。「生徒会一のプレイボーイ」を肩書きに持つ者としては、確かに悔しい展開である。

「それにしても、愛美ちゃんはどこへ行ったんだ?」
「むぅ……ええいっ、いい加減に離せというのが分からないのか!」
「妾はお前が気に入ったのじゃ」

自分が囚われの身であると言っておきながら、すでに忘れ去っている『女王』。どう見ても、囚われているのは信吾だった。

「シンちゃんでいいなら無期限で貸すからさあ、『女王』の目的を教えてくれない?」
「天草! 仲間を売るとは、見下げ果てた奴め!」
「戦いに尊い犠牲は付き物さ。女の子たちの次に、鬼堂の名を覚えておくよ」
「余計なお世話だ!」

……あのー、話が逸れてるんですけどー。

「大体お前には日本男児としての心構えが足りん! 鍛え直せ!」
「あ、俺のご先祖様、トランシルヴァニアの出身なんだ。ブラム・ストーカーも真っ青の吸血鬼でさあ、ヒットラーも陰で操ってたとか」
「……本当か?」
「さあ、俺が知るわけないじゃん。シンちゃん、真面目だなあ。うけけけ♪」
「貴っ様〜!!」

その時。
2人の漫才を面白そうに眺めていた『女王』が、はっと顔を上げた。
空が歪んでいる。ある一点を中心に雲が、いや、空そのものが渦巻いている。
これは――。

「いかん、『帽子屋』が来た!」
「何っ!?」

信吾と龍之介の声が重なる。

ズゥンッ!

重い衝撃が大地を走った。2人はバランスを失い、膝をつく。

「また服が汚れたー!」
「これほどまでの力……『帽子屋』め、何をやったのじゃ!」

空に飛び上がることで唯一、難を逃れていた『女王』が顔色を変えた。『ありす』の力がほとんどないというのに、なぜ?

「『女王』! 『帽子屋』とはお前の仲間か?」
「彼奴と一緒にするな!」

青ざめながら、信吾に噛みつく『女王』。

「彼奴は最低じゃ。性格も悪ければ顔も悪い! 『ありす』も何であのような者を――」
「ひどい言われようじゃないか」

冷たい声が、頭上から降り注いだ。3人の身体を一瞬で凍りつかせるほどの、静かな迫力。特に『女王』は、かすかに震えてさえいる。

「僕らは『ありす』によって目覚めた同じ存在――違うかい、『女王』?」
「だ、黙れ!」
「……おいおい、マジであれが『帽子屋』なのか……?」
「どういうことだ……」

信吾と龍之介は半ば茫然とするしかなかった。2人にとっては久しぶりに相対する少年が、そこにいたからだ。
暗い瞳の、その少年の名は――。

「図書委員長・和泉達也!」
「……やあ、鬼堂くんと天草くんじゃないか。風紀と清美の両委員長がこんな場所で何をしているんだい?」
「……説明的すぎるぞ、2人とも」

うるさい。
とにかく信吾の言う通り、彼は和泉達也だった。余裕と冷酷さに満ちた笑みを3人に向け、宙に浮いている。

「貴様……手品師にでもなったつもりか!?」
「っていうか、あいつにあんな能力あったっけ?」

少なくとも龍之介は知らない。
もちろん、信吾も。

「あれは『帽子屋』じゃ! 愚か者!!」

今一つシリアス度が足りない2人に代わり、真剣な表情の『女王』が叫ぶ。第2章を読んで、彼女を「偉そうな口調でカッコよく登場した割に、実は意外とお馬鹿さん♪」と思われた方、怒らせると怖いので注意しましょう。

『女王』がびしっ!と羽扇を和泉達也――いや、『帽子屋』に突き付ける。

……いいのか、2人とも。出番食われてるぞ。

「例え『ありす』に導かれし者とは言え、貴様に仲間意識をもたれるのは心外じゃ!」
「ひゅーひゅー! カッコいいぞー!」
「……ぬぅ……女性ながら見事な見得の切り方」

こらこら。

「ふふっ、だが君も僕と同じく『ありす』を求めている……違うかい?」

『帽子屋』はわずかに降下し、前髪を掻き上げる。

「何せ僕らは『ありす』が目覚めなければ、消えてしまうんだから」
「黙れ、下衆め!」

『女王』が羽扇を振るった瞬間、突風が『帽子屋』を襲う。しかしそれは、彼の周りで無害な涼風に変わってしまう。

「関係のない人間の顔を奪うような奴が、妾と一緒なものか!」
「……君もこの少年を随分と憎んでいただろうに……」
「おーい、話が見えないんだけどさー」

龍之介が話に割り込んだ。

「結局、お前は何しにきたんだよ?」
「――君たちは邪魔なんでね。少し眠っていてほしいのさ」
「俺たちがいると『ありす』の居場所を感知できないから?」

何気ない龍之介の言葉に、『帽子屋』の表情が変わった。

――図星か。

龍之介がにやりと笑う。

「……気づいていたのか」
「俺たちみたいに妙な能力を持っていると、こういう事件にやたら巻き込まれるような法則があるみたいだからさ」

能力者は他の能力者が起こした事件に誘われる。能力が引き寄せ合うから――そう言ったのは、生徒会長・朱凰克巳だ。実際、龍之介たちは彼の起こした事件に引き寄せられ、そして生徒会メンバーとなったのだ。

――よくよく考えると、それが面倒の始まりなんだよ。

1年前のことを思い出し、ため息をつく。

――会長にベタ惚れになるって知ってたら、慈ちゃんに手ぇ出したりしなくて……そうすれば、俺も今頃思い切り青春をエンジョイしてたのにな。

今も十二分にエンジョイしているだろーに。
まあ、どちらにせよ女性が関わってきたら動かないわけがない龍之介。あくまで「もしも」の世界でしかないし、おそらく"ノア"でも、

「計算上、天草委員長が女性の関与した事件に接触しないという確率は、0.000000002%となります」

と言うくらい、その「もしも」には現実味がない。

「――むぅ。天草にしては論理的な推論だ」

龍之介の回想を打ち破るように、信吾が感想を呟く。

「俺はいつだって論理的なの」
「恋愛感情が論理などに従うものか」

おやおや――信吾にしては珍しい発言に、龍之介は笑みをこぼした。自分でも失言に気づいていたのだろう、信吾も若干動揺している。

「な、何だ、その笑みは」
「いや、シンちゃんもよく分かってるなあって。実は経験豊富とか?」
「馬鹿を言っている場合かっ!!」

照れ隠しのつもりか、木刀を一閃する信吾。そのまま、龍之介を無視して『帽子屋』を睨みつける。

「事情は完全には分からん。だが俺たちを邪魔と言うからには、こちらもそれなりの対応をさせてもらう!」
「構わないよ。僕は最初からそのつもりさ」

『帽子屋』がすっと右手を上げた。
その合図を待っていたかのように、地面がかすかに揺れだす。

「何だ?」
「ひょっとして、こっちに何か来てるんじゃないか?」

龍之介の言葉に、信吾は全神経を耳に集中させた。

 ――聞こえる……。足音か?それにこれは……まさか!?

「いかん! 大群が来るぞ!」
「右じゃ!」

信吾と『女王』が間を置かずに叫ぶ。3人の視線が向くと同時に、土煙と鬨の声が一斉に上がった。

わあああぁぁぁぁぁぁぁ…………!!

「あれは……『トランプの騎士』! “52の暴動”じゃ!」
「"52の暴動"?……あ、そうか」

納得がいったらしく、ぽんと手を打つ龍之介の肩を信吾が叩く。

「どういうことだ?」
「だからさあ、トランプの枚数は?ババ抜きくらいやったことあるだろ?」
「当たり前だ!……1から13まであって、それが4種類……」

K(キング)を13、スートを種類というあたり、あまりやったことないんだろうなあ、と龍之介は分析する。

――今度、ポーカーで身ぐるみ剥いでやるか。

などと悪巧みをしている間に、信吾も計算を終えた。

「そうか! 確かに52だ!」
「だろ?」
「何を呑気に話しておるのじゃ! さっさと逃げぬか!」

『女王』の警告に、現在の状況を思い出す2人。

わあああああああ!!!!!

すでにその姿は、くっきりはっきり見ることができた。予想通り、金属鎧を身につけた騎士たちが突進してきている。盾や鎧の胸の部分に、スペードやハートのマークが描かれているから、間違いない。

……というより、いかに蒼明学園が変わっていても、騎士鎧を着て疾走する生徒が52人もいるとは思いたくない。
案外いそうな気がして怖いのだが。

「やばい! 撤退だ、鬼堂!」
「くっ、無念!!」

さすがの信吾もこの数は相手にできない。龍之介と肩を並べ、逃げの一手を打った。

「こら、『女王』! 空飛ぶんなら、俺たちも連れてけー!」
「妾はか弱いのじゃ。お主ら2人も運べるものか」
「薄情者ー! ……鬼堂、お前は残って奴らの足止めしろよ!」
「できるか!」
「情けない、それでも日本男児か!」
「貴様に言われたくない!!」

わああああああああああああああああああ!!!!!!!!

どんどん迫ってくる『トランプの騎士』たちの気配を背に感じながら、どこまでも漫才を続ける2人――いや、3人だった。
ふう。
君たちって、どこまでもマイペースなのね(涙)。

「ふふふ……」

『帽子屋』が小さく笑う。

「逃れられるわけがない」
 <逃れられるわけがない>

彼の口から、2つの声が響く。1つは少年――和泉達也の声。
そして、もう1つは……ひび割れた男の声。

 <しかし邪魔者が多すぎる。このままでは『白兎』の結界も力を失い……我々は消えてしまう……>

『帽子屋』は焦っていた。時間がないのだ。だからこそ、今まで支配していた小僧を解放し、泳がせている。

しかし……。

 <まあ、いい。ここはもう我々の領域……『ありす』とて逃げられはしない>

そう。
すでにこの地は現実と非現実を彷徨う、不思議の国と化している。
けれど、『帽子屋』は生徒会メンバーを過小評価していた。
彼らの実力は、まだまだこんなものではない……はずである(ちょっと自信なし)。
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