“草薙剣” 三倭神刀悟

意識の奥の闇が、かすかに揺らめいた。
今まで何度も味わってきた不快な感触。だが同時に、ひどく甘美な香りを放つ存在。

<歪み>。

俺――三倭神刀悟はそう呼んでいる。
ここ、名古屋の地の龍脈の乱れ。心に取り憑き、暴走を促す力の塊。俺に――いや、俺たち影宮のメンバーにとっての最大の敵。

だが……。

かつて俺を振るい邪悪と戦った主の姿を、なぜか心の中に思い浮かべていた。主を失ってから数百年が経つというのに、その姿は未だに色褪せない。
それだけ俺にとってかけがえのない人物だったということか。
それとも――主を守りきれなかったという罪が重いせいなのだろうか。
俺は、答えを見出だせないでいる。

仲間がこのことを知ったら、どう思うだろうか? 幹部の晶などは呆れて文句を言い続けるだろうし、宴楽は「お前さん、本当に堅物じゃな」と言うことだろう。雷顕は何も言わずに俺を見守るだけかもしれない。

そして、それより若い仲間は……俺のことを腑甲斐なく思うのだろうか? ネットワークのリーダーとして、俺は相応しくない――そう思われても仕方のないことだ。

事実、俺は迷い始めている。「剣」としての自分と、「リーダー」としての自分。今まではその2つがぶつかり合うことなどないと思っていたし、実際そうだった。

しかし、現在。

少しずつ、この2つが軋轢を起こしかけている。<歪み>によって引き起こされた事件は、確実に<影宮>を――いや、俺を蝕んでいるのだ。

<歪み>の正体。それは……。

駄目だ。
俺は首を横に振った。中途半端な憶測は迷いを膨らませる。そして膨らんだ迷いは、俺自身の決断を鈍らせていく。それだけは避けなくてはならない。どんなことがあっても。

俺は、障子戸を開けた。

「あ、刀悟さん! お邪魔してま〜す」
「遅かったな」
「まったくね。私をここまで待たせた男も珍しいわ」

仲間たちはすでに集まっている。<歪み>や邪悪な妖怪たちが関わる事件を最小限に防ぐために戦う、信頼すべき仲間。

「……迷うことなど、ありはしないのにな」
「何か言うたか、刀悟?」
「単なる独り言でしょ、最近多いし」
「刀悟さん、老け込むには早いよ! 俺と一緒に熱血しようぜ!」
「失礼な物言いは控えた方がいいですね」
「おいおい、それより話を進めよう。こっちも仕事上、遊んでられないしな」

ふと、笑みがこぼれる。
そう、迷うことなどない。「剣」であろうと「リーダー」であろうと、彼らは俺にとってかけがえのない存在なのだから。

「静かにしろ。今回の<歪み>の発生地点は――」

ただ、心の隅に引っ掛かるものが1つ。

――我が主よ。貴方にも仲間がいれば、あるいは……。

意識の奥の闇が、また揺らめいた。小さく、だが俺を迷いに引きずり込もうとする闇。

それは、俺の中の<歪み>なのかもしれない……。

終わり

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