“夜叉女” 矢影乙女

あなた、誰だったかしら?
あ、メッシーくん14号ね。

――覚えるのも楽じゃないわね……。

で、何の用? 呼んだ覚えはないわよ。
あなた誰って、私以外にこの顔を持った女がいるのかしら?
そうよ。矢影乙女よ。当たり前じゃない。何を言ってるの?
まったく、ガーディアンズの教育が行き届いてないみたいね。
元気がないからって、何? 私が元気がないんじゃいけない!?

そう……たまには私にだって、元気がない日くらいあるわ。
何? ゼミの内部に配る自己紹介? 

――ちょっと、これはまずいわね……。

面倒ね、ガーディアンズにたのんどいて。
え? 何? もうできてるの??

……きちんと私に分かるように説明なさい。
できあがっている自己紹介を見て欲しいってことなのね……。

――先に言いなさいよね……こんな事だから、アッシーにあがれないのよ。


名前:矢影 乙女 私立北河学園大学文学部東洋文学科3年。
スリーサイズ:ひ・み・つ♪
所属:北河学園大学スポーツ同好会<TRPG>
性格:明朗快活で、面倒見がよい。

このTRPGって……当たり前よ、説明しなきゃ分からないでしょ?
そう、「テニスラクロスプレイヤーズグループ」の略だってこと。

実際に、ラクロスしてるわけがないから、一番軟派だけど。

そうね、これでいいわ。
あら? 外がだいぶん騒がしいようね。
さ、あなたもその書類をゼミの人に持っていったら?
それじゃ、また……。(軽くウィンク)

どーんっ。がらがらがらがら……

――くすっ。あわれなものね。今の子も、乙女も……。


「乙女さん!?」

廊下に派手に驚愕の声が響いた。

「何にそんなに驚くことがあるっていうのかしら?」
「だって、今、中に……。」
「私でもいたって言うの?」
「は、はいっっっ!!」
「お前何言ってるんだ! そんなことがあるわけないだろう!!」
「……おやめなさい。黒柳くん。」

黒柳はなおも、食ってかかりたかったようだったが、所詮、ガーディアンズ。乙女の言うことには逆らえない――いや、逆らわない。

それに、その言葉は遠く先――部室の中から響いていたから。

「ちょっと、見てくるわ……」

――まさか……こんなに早く……?!

乙女は部室に駆け込んだ。

「……また、会えたわね。夜影。」
「……何度も言わせないで。その名前は捨てたわ。」
「ふふふ。わたしも、かりそめの名前をつくったわ。影矢美緒よ。よろしくね。」
「……闇緒……。」
「必ず、あなたを私の元に……。」
「まだ、あなたは……。」

「おとめさぁ〜ん。待って下さいよ!!」
「……今日の所は、これで帰るわ。それじゃ、また。」

含み笑いを残したまま、美緒はその身体を消した。

「……歪み、か……。」

誰もいない空間に一人つぶやくと後ろから足音が続いた。

「乙女さん! どこです? 偽物っていうのは?!」
「……世の中に3人は似た人がいるって言うでしょ。他人の空似よ。」

――闇緒……。同じ夜叉女として過ごした時は忘れない。でも、……。

乙女は、中空を見つめた。

――私には……。

「気をつけた方がいいわ。私の水晶球は『終わりの始まり』を示している。」
「人様に迷惑を掛けるようなことをするんじゃない。」

仲間がいる。頼りになる仲間が。

「――今度は、遊びにいらっしゃいね。」
「その時はゆっくり酒でも酌み交わしたいものだな。」

友人がいる。私に本当の「心」を教えてくれた友人たちが。

――だから、だから……。私は……大丈夫。

……本当に?

心の奥から声が響いた。
同じ顔、同じくちびるからもれ出る低い声。

私は、私の「影」をこの手にかけられるのだろうか……。
私自身を、私の手で……。

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