“貉” 千代十朗太

……どうぞ。

ほう、あなたでしたか。珍しいこともある……わざわざこんな所まで
来るとはね。それで、何の用です?

……なるほど、そういうことですか。しかし、私は自己紹介という
ものが嫌いでしてね。

なぜかって?

決まっているでしょう?
自分のことを喋って何か面白いことがありますか?
ある訳がないですよ。……今のは反語表現でしたね。

もっとも、他人の内情は知っておくに限りますがね。
私は“貉”ですから、化ける時には相手の情報が多くあった方がいい。
これは父から教わった鉄則です。

ただ何にでも化ければいいというものではないんですよ。表面上はうまく誤魔化せても、口を開いた途端に見抜かれてしまっては元も子もない――そういうことです。

逆に、自分のことを知られるのは極端に避ける――これも鉄則です。同じ変化術の使い手とぶつかった場合を考えてのことでしょう。
私の故郷の佐渡は貉一族の地ですから、変化合戦なども頻繁に起こっていましたよ。

……自分のことを仲間にも教えないのか、と?

当然です。そもそも私は、<影宮>の連中と仲良しごっこをするために名古屋へ来たのではありませんからね。

……私の目的?

ふふ、あなた、先程から嬉しそうですね。私が勝手に話しているからでしょう? 断っておきますが、この程度で私を知ったなどと思わないことだ。後悔する羽目になる。

おっと、話題が逸れてしまいました。私の目的ですが……別に秘密にするほど大したことではありません。<歪み>を見定めるためですよ。
ただ、それだけ。

……本当に? 今あなた、本当にと言いましたね?

いい傾向だ。誰かの口から発せられた言葉には絶えず警戒し、疑問を抱く。私も常にそうしていますからね。

神経質だって?

とんでもない。むしろ神経質なのは影宮のリーダー、刀悟さんですよ。
私が<歪み>についてあれこれ調べているのを快く思っておらず、自らの監視下に置くために私をネットへ参加させたんですから。
不安になるのは分かりますが、ね。

……華雅美のことはどう思っているのか、ですか?

ああ、あの子はいい子です。刀悟さんは彼女をも私の牽制に使っているようですが、策に溺れないことを祈っていますよ。
彼はリーダーとしては中途半端な情のもろさをもっています。
それが足を引っ張らなければいいのですが。

……はあ、趣味はクロスワードと聞いているが、と?

まあ、確かにクロスワードは好きですよ。つまらない妖怪絡みの事件よりは楽しいことは間違いありませんね。人間もたまには役に立つものを生み出すようです。

しかし、あなた。何だかんだといって私のことをよく調査している。
たいしたものですよ。驚きました。感服です。

で、漏洩源は誰ですか? 先ほどあなたは言いましたね。
「趣味はクロスワードと聞いているが」と。誰から聞いたんですか?

もっとも、大体の察しはつきます。私の正体を知り、さらに家か学校でしかやらない趣味のことまで見知っているのは――銀河くんですね。

……え? ああ、あなたにも当然、罰をあげますがね。

まずは銀河くんからお仕置きしてあげましょう。

……さて、彼の家の電話番号は……。

もしもし、天堂さんのお宅でしょうか?
私、銀河くんの国語を担当している千代と申しますが……はい、特別に家庭訪問をと思いまして……ええ……。
終わり

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