“雪女” 須磨深冬

――先生!

あの子の声が聞こえる。強く、それでいて優しい声。
ふと気がつくと、私になくてはならないものになった声。
人を愛することを教えてくれた、あの子。初めて会った時、彼はまだ高校生……少し幼さの残る顔を真っ赤にして、私を好きだと言ってくれた。

――先生……。先生っ!

でも。
今は……彼が少し怖い。
真っすぐに気持ちをぶつけてくれる彼――仁礼秋一のことが。

「……違う」

思わず、声が出る。ピアノの鍵盤の上をゆっくりと踊っていた指が、かすかに乱れた。
曲が、止まってしまう。

違う。彼が怖いんじゃない。
怖いのは……私。
人ではないものに変わってしまった私。

そして、汚された私。

生まれるはずだった私と彼の子は、もういない。その代わりに、私は自分でも知らなかった、内に流れる血――雪女の血に目覚めた。

皮肉なものだ、と私に力の使い方を教えてくれた男――氷高蒼琉と名乗っていた――は言っていた。
けれど、私は単にそうだとは思わない。この力により、私は復讐を果たすことができるようになったのだから。

そして……そして、あの事件は起こった。聖夜に似合わない、惨劇が。

――先生! こんなこと、やめてくれよ! 先生!

彼の叫びや影宮の妖怪たちの言葉が、復讐に狂う私を助けてくれた。
もっとも、私から大切なものを奪った若者たちは救えなかったけれど。

あれから、私は影宮に入った。
あの頃の私はまともな精神状態ではなかった……彼らはそれを不安に思い、何度か様子を見に来てくれた。もちろん、彼も。

でも……。

私はまだ、自分が妖怪であると認めたくない。
認めれば、彼と同じ道を歩むことはできない――そんな気がして。

それから私は一歩も進んでいない。私の中の時は、あの時から……大切なものを失ったあの時、力を得たあの時からずっと止まったまま。

すべては、凍てついてしまった。彼への想いと共に……。

「先生!」

びくっと、体が震えるのが分かった。
振り返ると、そこには私が開いているピアノ教室の生徒が数人、きょとんとした顔で立っていた。

「先生、どうしたの?」
「お腹痛いの?」

子供たち。私も手に入れるはずだった、小さな生命……。

「先生……泣いてる……?」
「――ごめんなさい。ちょっと……ね」

不安そうな表情で私の傍にやってきた少女をそっと抱きしめ、すぐに涙を拭う。

「……今日は、外で遊びましょう。天気もいいし」
「やったー!」
「じゃあ、あの公園に行こうよ。変な兄ちゃんのいるトコ」
「え〜!?」

今は……少なくとも、この子たちの前では笑顔でいよう。
たとえそれが偽りのものでも……心を凍らせたままでも……。

もう一度、彼と歩き出せる時を夢見て。
終わり

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