「署員食堂のご飯って、安いのはいいんだけど、味に【コレ】って物が無いのがネックよねー」 天ぷらうどんの最後の一滴をすすり込み、矢賀原紋乃はそうこぼした。テーブル正面の席に座っている大柄な男を、チラリと見る。その男は、カツ丼のカツの最後の一切れを使って丼についた飯粒を集めながら、矢賀原をジロリと睨んだ。 「おごるなら、もっといい店に連れてけって言うのか?」 「あったりー! ね、あたし、おいしいお店知ってるの。今晩、行ってみない?」 熱田署内でも美人の部類に入る矢賀原の誘いだったが、その男、同僚の皇城大獅は、ウンザリとした様子で爪楊枝をもてあそんだ。 「おごらんぞ」 「ええーっ! いいじゃないそれくらい。今日はあたしの誕生日なんだし。何も、高級なレストランに連れてけって言ってる訳じゃないのよ!」 「レストランだろうが、安食堂だろうが、そんな食い方されちゃ、おごる方はたまったもんじゃねえ」 矢賀原の手には、空になった天ぷらうどんの丼がある。 しかしその丼の両脇には、十個以上の皿や丼が、山と積まれていたのだ。カレーライス、スパゲティ、トンカツ定食、その他いろいろ。大獅の方は、カツ丼一つをまだ食べきっていない。 彼は、どちらかと言えば早食いな方である。 「ったく、食欲なら妖怪並みだぜ」 大獅はそう言ってから、内心で苦笑した。熱田署の捜査課に勤める刑事として生活している彼だが、その正体は、妖怪「獅子」なのだ。 その咆哮は岩をも砕き、鋭い爪は鉄の棒さえも切り裂く。 古来より恐れられ、崇められてきた伝説の神獣が……。 「おう、こんなところで夫婦漫才か?」 その声は、大獅の背後から飛んできた。 「ああ、ゲンさん。今からお昼ですか?」 大獅の言葉に、捜査課の古株、稲生 玄は「おう」と答えて、大獅たちの隣のテーブルに座った。 「昨日、嫁さんと喧嘩してな。小遣い減らされちまったんだ。当分は、かけそばで生きてかねえとな」 「ああ、顔のバンソウコ、それでなのね」 「へへ。大獅、結婚するときは、よーく考えろよ。矢賀原みたいな嫁さんもらっちまうと、あっさり尻に敷かれちまうぞ」 「な、何言ってんのよゲンさん! あ、あたしと、大獅くんはっ、そんな、そんなんじゃ……!」 「ええ。悪い冗談ですよ。……いってえ!」 スパゲティ用のフォークが、大獅の右手に刺さっていた。大獅は矢賀原を睨みつけたが、彼女はツンとした顔でそっぽを向いていた。 「……肝に銘じておきますよ」 「もう! ……こうなったら、大獅くんに悪いと思って遠慮してたけど……おばちゃーん! 例の奴、お願い!」 矢賀原の言葉に、食堂のおばちゃんの顔が青ざめた。 「……紋乃ちゃん、やるのかい、あれを……?」 「いいから持ってきて!」 数分後、おばちゃんが持ってきたのは、黒塗りの大丼に盛られた、 超巨大パフェ「驚天動地紋乃スペシャル」だった。 |
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